2016年12月29日木曜日

小説「コンビニ人間」について(注:ネタバレあり)

小説「コンビニ人間」 読みました。

久しぶりに、
読み切れる本(仕事に疲れすぎててなかなか、本を完読できていなかった・・・)
で面白かったので、
以下、感想です!



**********************





面白怖かったーーーーー!!!



己自身を覗き込まれているような錯覚に陥る小説。




コンビニという場所に部品になることで、
「変だ」と思われないように、
埋没していくことを選ぶ女主人公。


わかる・・・

私も数々の仕事とバイトを転々としてきたのですが、
とにかく、
「その職場にうまく埋没するように」
それをとにかく考えてきたし、
今も考えているからだ。
考えてきたからだ。

それは過剰適応だってわかってても。


その主人公のズレ方と、「なぜ、変だと言われるのかわからない」
という様子は戯画化されてるものの、

よくわかる・・・!

私も素で、何かをやったり選んで、
後から周囲から驚かれたり
奇異の目で見られて、
「その理由を教えてくれ!なんでそういう変な目で見るんだ!」

と何度思ったことか。

そして、

しゃべりかた・服装を周囲に合わせていく。
というのもすごくよくわかる・・・

学生時代。
大学で・
職場で。
浮かないように、周りから
「ああ、同じもの好きなんだね!!!」って
安心してもらえるように・・・

喋り方も怒り方も感情の出し方も似ていく
似せていく。


今の職場に勤め始めた時、
友人と電話で話したら、
「先生っぽい喋り方になったね」と言われて

自分でも気付いてなかったのでギョッとして
怖くなった。

それぐらい、一生懸命同化しようと
自分はしていたのだなあ、と。

どこで怒り、
どこで歓び
どういうフィードバックをする?
感情の出し方は?



   
どのような価値観だったら、
驚かれない?
引かれない?
怒られない?
注意されない?
目立たない??






そんな計算を
し続けている自分は、

村八分を恐れ続ている、
根深い
骨身にしみこんだ、
日本人DNAマインドだからなのか
・・




途中に出てくる羽田も
はちゃめちゃな男なのだが、

実はこういう人、
確かに極端だけれど。
いないか??と怖くなる。

登場人物を笑えない、

身内になると
メチャクチャな論理になるが
外の人になると
ビックリするぐらいに
綺麗に言葉を紡ぐ人。


そして、「普通」「自分の分かる常識内・枠内」で
理解しようとする
人たち。

主人公が、どんどんと、
羽田という男と、
結婚しようとする話になっている、と


周囲が勝手に盛り上がって、
本人たちの内実は置いていかれて、
進んでいく。



恋愛話に仕立て上げ、

時間つぶしのように、
他の人のうわさ話で
進む様子。



最後に、主人公が
私はコンビニに属しているんだ、
コンビニこそが、オートマチックに
あらゆる感覚が動くんだ、

と自覚する様子を見て、
ゾッとした。


私もこの仕事をずっとしていたら、
そうなるのだろう、

そしてそれを望んでいるからだ。


組織内で何が起きたら、瞬時に
何をやり、
そして、自動的にどう判断していくか。


だからこそ、
職場以外の場所で
今いる自分を相対化したい、

遠くから見る視点がほしい、
と思うのかもしれない。



なにはともあれ、

オススメ!!!の小説です。













2016年11月18日金曜日

奇跡とよろこびの、連続の中で

毎日
毎瞬間

例えば
お風呂に入れて
屋根があって
雨風しのげて

水道の蛇口をひねれば
水が出て
お湯が出て

そういう
淡々
とした、

確実な、
幸せ。


を、しみじみと感じた。


今日本は
戦争をしていなくて
平和で。


例えば。
一冊の

本を手に取って読めれば
それだけの
お金を出せたこと
その本を出版してくれた人がいること
その本を売ってくれた人
レジ打ちをしてくれた人

その本を運んでくれた人
出版社の人
著者の人
編集者の人
印刷会社の人

そのデータを送るために
PCでネット回線だったら
そのネットを繋いでくれた人

そのための電気会社の人
電線を張ってくれた人
工事をしてくれた人・・


無限に
網目のように
有機的に広がっていく
どこまでも
どこまでも

そのヒトツヒトツの折り重なりがあって

布のように
縦糸と横糸が織り合わさるような
連続で

今ここに、ひとつの本が

ある。



そんな無限の
どこまでも広がって
つながって
連鎖している

奇跡の連続。

意図の連続。

そして、書こうと、
この世に
その本を産みだそうと

決めた
人がいたこと

それを創り出そうと向かって行ったこと

その重なりの末に
ここにある手元の一冊


どんなものも。
そこへの手間や折り重なりや
祈りを感じて

ありがとう。

と毎日思う。






今自分がここにいるのも

ご先祖さまからの

ずっと重なり合いで

ここにいる

ご飯とか手間とか
そういう根源の
元々の、
愛情の末に


守られて。

そういうこと一粒一粒が

ありがたいなあ。









愛したいんだよ、でも怖いんだ

愛した男の人と、


はぐくみたかったのに、
はぐくめなかった
人間関係



愛するという行為や行動が
自分の中では
それで、「愛」だと思っていたのに
相手にとっては
そうではなかった

そのようには伝わっていなかったこと


悲しみ
分断
断絶

自分の中で葬り去ってしまったこと

人生の中で、
一番最初にできた彼氏との関係を
手を離してしまったこと

その時はそうとしか
できなかったのだけれど

ただ、自分が
自分のリーダーになることを

自分の一番弱い部分を
自分で面倒が見れなかったことが

残念で。

今だったらなにができただろうか?


と思い返しながら

悼み、そして愛し直しています。






2016年10月2日日曜日

自分の呪縛は自分で解く(●^o^●)❤ 甲斐叶子(きょーちゃん)リーディング感想! 

~毒親だった母への、精神的なヘソの緒を断ち切り続けるぞ☆ ~

 甲斐 叶子 (Kyoko Kai) ちゃんのリーディングを受けました。


先週名古屋に帰った時に、ひょんなことから交換セッション、
ブルドーザー的パワフル☆芸能人オーラ放ちまくりの、
きょーちゃんのリーディングを受けました♪
(以下、長いですが感想です)




「時代を塗り替える女」❤

「土偶的縄文時代から連綿脈々と続く
 命の根源エネルギー直結体現パワフル」

と初対面から、私がお伝えさせて頂いてる(笑) きょーちゃん。


話しているだけで、
電話の向こう側から、
宝石の光が乱反射して爆発しているような
声のきょーちゃん・・・!!!
ラジオのお仕事してるの納得
面白すぎた!!!!
腹落ちに次ぐ腹落ち&腹落ち、
腑に落ちる連続の腑に落ちまくり(笑)
あと、
自分が向き合って来た、内面葛藤が言語化されてスッキリ!!!
ただーーし、
かなり受け手の精神的自立が必要なリーディングだと感じました。

 受ける方は丹田に力ON!ヘソ力! 
 自分の人生は、全責任自分

リーディングだろうが、
セッションだろうが、
を受けて現実を変えていくのは自分の行動。

そして、

目の前の現実を創り出してるのは100%自分。


の、覚悟からのスタートで、受けることをオススメします♪
もちろんこれは、どんなヒーリングも同じですが。
(大きなヒーリングやエネルギーが動くと、好転反応で
ガガガ♪ って 落ち込んだりすることもあるのでそれも。)



個人的経験&体験ですが、シェアしますね^^

・私のご先祖さんの声が、そのまま自分が何かやるときに出てくる、
葛藤の声&つまづいてたパターンそのまんまだった。
・自分が向き合うべきところにバシリと光が当てられた。

何かやるときの罪悪感や内側から湧いてくるジャッジ
(NVC言語で言うところの内向きジャッカル)の理由がクリアになりました。
ああ納得。ハラ落ち&腑に落ちるの連続。


<見てもらった内容>
・父方両親と母方両親の先祖の仲が悪い(笑)
そして、母方家系のおばあ様たち、
成仏してない先祖一同が、
新しい生き方を選ぼうとしてる私の苦しみをテレビを見てるみたいに楽しんでる。


父方、父は私の新しい生き方を応援してるが、
母方の先祖&母は、「そんな生き方選んでるから、
うちらの言うこと聞かないから苦労してるんだわ(ボリボリ←せんべい食べる音)」
みたく、私を見てるそうです(笑)


おいっ!!! 
応援してよ、子孫ががんばってるんだから!

と思わずツッコミ呆然(笑)



母方先祖は、お金持ちだったり、経済的に恵まれた
家系だったり、地方の名士的な立場だったんですが、
そこの女性たちは、「良妻賢母」の嫁入りの枠に押し込められて
本当に未練タラタラ人生だったみらいなんですね。
男性陣も、外に女性を作ってしまったりだったり。


や~わかる・・・その感じ。
自分の中の「女」の歴史は、
自分の先祖からの生き方をひっくり返したり
革命したりする役目がある。
と言われてたので、
また重なりました。



・私の母親はパワフルすぎた。専業主婦と良妻賢母という枠に収まるには(笑)
4000人ぐらいを相手にして、選挙に出れるぐらいの力を持ってるのに、
何を勘違いしたのか「戦前からの、良妻賢母枠」に自分を入れてしまったため、
その噴出したエネルギーが、全部
娘の私へのコントロールに向かった。(向かっている?)
そう、
正直、私の母は、校長とか社長とか政治家
やってた方がよかったと思うんですよね。
「なんで今私が心身最悪のコンディションで、それ言う!?」という
連続の歴史でした。母と同居していた時は。
(それで何度も果てしない家出と体調不良とケンカを引き起こしている。
一番仕事が忙しくなるときに、必ず、また
感情的に叱ってくるので、バランスを崩すまいと
必死で、やってた戦闘態勢になる体の状態も有)




そして、その負担は今も私の心身に残ってる。
いわゆる毒親・・・。
母との関係が特に大きかったので、あ~と納得。
宇多田ヒカルちゃんが、お母さんに非常に苦労したのも
他人事だけれど、他人事ではないです。

もちろん、今はとても穏やかなんですけれどね。
自分の内的としては、根深い。


そして、そこが切れていない様子。
これは、このところ
自分が向き合ってる、
自分の内側の
幼児性(イヤイヤ赤子)を自覚してたから、
ダイレクトに、またつながる!!


叶ちゃんに、
「なんで、幸せにならないの!?」
と言われて、
「・・・だって、親よりも幸せになっちゃ、親が困るから」
と、ツルリと出てきて、


ガーン・・・・
まだ「幸せ恐怖症」の段階なのか~
自分(そこやってきたのに、ずっと)
・・・とショック。でも、これはおそらく、
形を変えて、一生続くのよね~(苦笑(^_^;)



そして、うすうす感じてたのですが、
私が、
先祖、今までの日本人が
女性の生き方の成仏してない生き方を成仏する・・・
幸せになってくつろぐ。
てのは、自分一人の話にとどまるものではないのだなあ~と再確認しました!
他にもたくさん読んでいただきましたが・・・
(情報量多く、深度も広さも、桁違い!!!)
ズガンと根っこから揺らぐような衝撃の数々のリーディングでした。
でもって、とても実用的。
そして、
自分にかかった呪いは、自分で解く。と改めて決意。
ま、
もともと「呪い」なんて、無いんだけれどね。


また、自分で手を伸ばして「快」「JOY」を選んでいくのだん♪
叶ちゃんリーディング、

「自分の幸せは自分で創る」
腹を決めてる方に、
とてもオススメですよ!!




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かい
ht
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2016年9月24日土曜日

【名古屋実家雑感 ☆ 雨の日もあってセンチメンタルに 】


名古屋・・・私にとっては、故郷に向かう新幹線で不思議な気分になった。



この世で、
一生、名古屋を訪れない人もいるだろうなあ、と。
私は、実家が名古屋にある、だから
その土地に向かっている。
別にそれは名古屋じゃなくてもよかった、
という土地との縁。



文教区にある、我が家付近を散歩。
都会の匿名性にまぎれる心地よさ。


たくさんの違った制服を着た
高校生と、すれ違う。


今私が住んでる離島では、
一つの高校しかない。
島の高校生を見かけたら、
ひとつの制服しかないから。


今いる土地では
多くの種類の高校と大学がある。
市立、私立、県立、国立大学、私立大学。


名古屋では
車にお金をかけている人が多い。
走っている車がきれいだ。
外車も多い。


ほとんどの住人が、サラリーマンや公務員。
そんな場所で育った特異性。


名古屋での
選択肢の多さ。

コンビニもたくさんある。
見せに入れば商品がたくさん並んでる。


名古屋にいたときの絶望感も思い出す。
もうすでに、ほとんど形にできている。
私が何かやらなくたって、すでにあるじゃないか。
もう、変えられるものなんて
無いんじゃないか。と。  


離れたことで見えてくることを、
それでまた出会えたご縁を
少しずつかみしめる。





今、この瞬間はいつだって、新しい。

2016年2月21日日曜日

①三河サドベリースクールの見学に行ってきたよ。



先日土曜日、三河サドベリースクール に行ってきました。

あれ?

私が小さい頃から違和感として感じてたことを

すでに体現してる場所が、 ある。
そんな人が、すでにいる。

・・・という静かで、深い気づきと、

今まで自分が受けてきた教育、
ジャッジ、評価、傷、
闘ってきたものと、
静かに向き合う時間になりました。





先生をやっているときに、感じる痛み。


例えば。

「私の職業は高校の英語の先生です」と言った瞬間、

180度態度が変わる人がいる。

それに、直面して、心底
悲しんだり怒ったりしてきた。



婚活の場面において、
男性に対し、
自分の職業を名乗ると
途端に、いきなり攻撃的になったり(攻撃は最大の防御・・・)。。。 
「すごいですねー」・・・と引かれたり。


要するに、その人自身の
「学校トラウマ」「先生トラウマ」
「英語トラウマ」「ラべル付の癖」
が私に投影されてたんだ。



が結局、それは相手のテーマであって、
私のテーマではない。
私が解決し、責任を負う問題ではない。

と切り離すことができるようになった。


そして、
自分自身を
優しく受け入れてくれる場所と相手を、選ぶようになった。
だから、
それも問題と感じ無くなってきたなあ・・・と、今日。
久しぶりに、思い出した。


小・中・高等学校での
強迫観念に基づいてケツバットで走らせる
勉強、教育、その時に教師から受けた痛みを
癒せずに、気づかぬうちに大きな怒りとなり、
そしてその、腹に抱えているトラウマにさえ
気付きもせぬ大人の多いことよ。
(注:もちろん全員ではないが。)



そして、そのような感情の溜め込みに
また自らも無自覚な教師自身も多いことよ。
(注:もちろん全員ではないが。)


ただ、そのことに、
わたしは怒り、そして、悲しんだ。





教育の場にいると、
本当に、ふたつの真っ二つの流れを感じる。



どんどん、保守的になっていく流れ。
時代を逆行するかのように、たくさんの課題。
過保護な関わり。



その一方で、
多様性、新しい協働・協創関係、新しい人間関係。
自分の軸で生きていく生き方。



また、
そんな痛みを
生み出す流れに乗ることへの
問題意識がいつも常にあった。
教壇に立ちつつも、同時に、
私はこんな指導をしていていいのか? と
いつも自らに問いかけていた。



だから、昨日三河サドベリースクールに
実際に見学に行ったときの衝撃は大きかったです。

<つづく>




<続きます。>

2016年2月1日月曜日

超絶ミーハーで移り気で、スピードを求める、自分を認めた




Justin Bieber - Sorry
最近、sorryをよく聴いてる。調べると、この曲を歌ってるJustinが、
別れた恋人に対して歌ってるらしい。
だけど、私は、今まで、それが自分だったのに、
認めていなかった自分に
「ごめんね」の気分で聴いてる。





じんさんの、前者・後者問題、さっぱり分かっていなかったのだが、
どうやらfacebookのやりとりで、私は後者だとわかった。
前者だと思いたがる、後者(笑)。




偉大なる中途半端な自分。
絶対に、認めたくなかったし絶対嫌だった。

で、認めたくない自分と頭で描く自分のギャップが
自分で自分に苦しみを生み出していた。(笑)

両親がこの生き方を最もおそらく心の底から望み、
同時に激しく自らに非難して禁止し、バカにして、
叱られ続けて、
娘にも、禁じていたからだろう。
私の内なる親が言っていた。
「そんなことをやるなら、あんたはうちの子と認めない」
死に値する恐怖だった。


もう大丈夫だけど。



何をやっても中途半端な自分。
専門家になれない自分。
なりたくもない自分。
なぜなら、ひとつのことを
時間をかけてじっくりできないから。



次々と場所を移りたい。
次々と、
その瞬間瞬間に産まれる感情を
爆発させて
延々とスピード早く動きつづけたい。
ひとつの場所にいたくない
ずっと続けたくない。
気が向いたら働いて
途中で辞めたりするかもしれない。


くるくると、その場の気分で変わりたい。
次々に学びの場を移り、
瞬間に本質をつかみ取る理解は早い。


それなりに学んでいることはやる。
そこに悪意はどこにもない。
どうやら教えている人のやる気をとても上げるらしい。
全力で瞬間的に理解するが、
忘れるのも
自分の優先順位の高くないことも忘れる。



・・・こんなインターネット的な生き方を、
否定されてきたし
自分も否定してきた。


もっとじっくりと時間をかけて丁寧に
積み上げる「べき」なんだ、と
そう「せねばならない」と、

思ってたが。


ふらふらと人の間で揺れ続けて、
動きまくり、
その出会いがしらの瞬間で
バッと本質をつかみ、そして次に行く。
そのスピード。



これが私なんだなあ。(笑)
うん、これが楽しい。
これが好きだ。
こうやって生きよう。っと。















2016年1月31日日曜日

☆starbow なっちゃんのクリスタルヒーリング詳細☆

昨日、久しぶりの、ヒーリングサロン・starbowさんの、
なっちゃんの引退ヒーリングで、
前世?レリアム?的なビジョンが見えました。


「自分の中にくつろげている」安心感が
ハンパない、この感じを、書いてみます♡







・クリスタルヒーリング中に、プロコーチ・にぃにぃの塾
(実践イベントを通じて4人グループで起こってくることを教材に学びあう)での、
「魂の歓び」(自分の腹、軸につながる言葉)を変更。 

「ひかり!」

・私のハート(使命)⇒ 「私は魂の輝きを解放する者です」

・私のお腹には、クリスタルパレル(水晶宮)と名付けた、
黄金の本の叡智(自分の今までの経験)が詰まった「美しい宮殿」がある。


・本日のテーマ:(チャクラの色で言うと)イエロー&レッド、ゴールド←歓び&グラウンディング


今までは、私は、周囲の人のニーズをくみ上げ、お腹を空っぽにして、
周囲に糸を張っていたような状態だった。自分の中でくつろげなかった。

だから、周囲のニーズに答えるために自分が耐え切れなくなると
突然、ちゃぶ台返し衝動が起こり、自分も周囲も恐怖の地震が起きてきた。

現在、すべて出そろった、仕事も新しいフィールドへ行く時に内から現れる
核爆弾のボタンを押すような理由のない恐怖。(オレンジ)

これは、そこでの新しいことへの抵抗を、丁寧に感じることで、
次世代に伝える教材にしたい。(←最初の10分ぐらいで出たw)


価値はすでにある。私の中に。もたせるのでも、作るものでもない。

・経験が無くても、語ってもいい。

・相手に合わせて、揺らぎ続ける自分が自分。(月7ハウス)
・基本せっかち気質。(ふたご座)

私は、次々に 「恐怖⇒自己認識をひっくり返しながら」学んでいきたい。
その現れる瞬間瞬間の感情のビビッドさ・鮮やかさを伝える人。

・「途中で気が変わるかもしれない」と相手に一緒にプロジェクトを組むときは伝えておく。

・トラウマ、恐怖は何度でもこれから人生で現れて来る。小さいころとの両親との関係からもきている。反応ではなく、パターンを越えていくには、気付いて、自覚していく。






【前世?レムリア?時代の恐怖】


「知恵を使ってはいけない」という恐怖。

クリスタルヒーリング後半に出てきたビジョン。
私の兄は、大天使で、大勢の人々の前に立ち、啓蒙する演説家、スピーカー(教育者)だった。
妹の私も、兄から学び、もうすぐデビュー前だった。
だが、何かで、兄が反逆者として、背中の両羽根を抜かれて、首も切られて見せしめになっている。

私は身分を隠して、逃げ出し、自分の名前や本性を偽り、自分の智恵を使うのを封印して
他人の家のお手伝いさんで、一生を終わった。

⇒ 今、自分がこの世で「お手伝いさん」的な仕事をすると、
自分の魂から反逆がおきる。

今日起こったのは、死。そして、これから、
新しい光、輝ける未来がやってくる。


自分の中の美しい、すでにある知識や知恵を自覚できたとき涙が出ました。
あと、その後の、前世的な話の時も、その当時の悲しみで。

両方とも、、またこの現実で生かしていく糧になっていく、もの☆




**************
ずっと待ち望んでいた変化が来た。
けれどとても静かで、今だったら受け入れられる、という心境です。
どんな変化も受け入れる。という気分なのです♪











2016年1月1日金曜日

2016年元旦・世界は金色☆




あけまして おめでとうございます。




今日、夕方、遅すぎる年賀状を出すために外に出たら、
太陽から金色の光が照らされて、世界が金色だった。

いつもの住宅街も近所の風景も
光が充ちていた。

もしも私が妖精とか天使が見えたら、
(残念ながら見えないw)
そこらじゅうに
いっぱいいるんだろうな~
新しい年を祝福してるだろうなあ、と、
ふと実感できた。


まあ、私が新年でやっと体がゆるんできて
休息モードになったとも言えるけれどw


オラクルカードリーディングとか、
天使のヒーリングとか、メッセージを勉強してたり
そこ関連の本を読んでいると、
「目に見えないけれど、
この空気中にもそこらじゅうにも
あなたを助けたいと思っている存在は
たくさんいる。ご先祖様や、妖精や、天使や
光や・・・etc」

とあるのだが、
ほんとかよ??

と、イマイチ実感できず、
どっか、半信半疑だったが、


今日は、ああ、そうなのだな、
そうだろうなあ、、、、


体感できた。


神様はこんなに美しい光を、
太陽を地球に届けてるんだなあ。

しみじみと空が頭上にあることだけが、
もうしあわせだなあ。


去年の正月は苦しいほど働いていて、
ここ数年は、
毎年年末年始は、働きまくってるか、
時間があると、その時間がないふりをして
一生懸命埋め合わせをしてた。


今日はしみじみしあわせだった。

猫が洞池の周りを歩いて、
新しいノラ猫にあいさつして、空が
ずっと夕焼けで染まっていくのを見ていた。

美しかった。

土手を、冬の木がシルエットで立っていて、
そこを散歩の人たちが黒い影で横切って行った。
幼稚園の時から見慣れた景色。

だけれど、

地平線の際から、
赤・オレンジ・青。うすいピンクが
混じったような空は、どれだけながめていても
飽きなかった。

ただ、ここで世界がこんなに美しさに
溢れているのに
また、忙しい方が、
良いことの気がして、
そこに逃げていたなあ。


暮れかける前に、

近所の公園を散歩したら、
自分の内側を、
小学生の頃の自分が駆け抜けて行った
残像が見えた。


夜の5時になったら帰らなければいけない。
また明日も会えるから。
財布も携帯も持ち歩いていなかったけれど
何もかも自由で、内側から溢れんばかりに
しあわせ、だった。
しあわせ、って言葉で、わざわざ、表現しなくても
いいぐらいに。

その感覚をふっと、思い出した。

今年は私がどんどんgiveしていく。
そして、自分が受け取ることを、
頂くことを、自分を認めていく。

と決めた。

この地球上に生きてるだけで
すでに金色の光に包まれているんだ。



写真は、、、、今日ではなくてw
沖縄の八重山諸島・小浜島の
どでっかいエネルギー太陽(笑)