2015年5月25日月曜日

自分を知ってゆく毎日


高校生と話しても、結局あぶりだされるのは自分ね。


ギリギリの揺れ続ける10代後半期にいて、
生の言葉を発する彼らと接するのは、こちらが板の上に乗って、
試され続ける連続だから。


結局、腹割って素に引き戻される連続。

おお、このように私は、武装しようとしていたのか、と気づかされる。




思春期とは、年中、女性で言うなら生理状態の精神状態だそです。

なるほどにゃ・・・


あの、アップダウンの激しさ、
赤ちゃん期から、突然老成した言葉への突如の跳躍、

子供のエゴと、はしゃぎっぷりと、
論理的思考、抽象的思考が巡って、突然飛躍的な結果が出てきたと思えば、
小さな枠と経験の中で沈む、

時間が即遮断されて次に次に行く感じ。
喜怒哀楽が、短時間に詰め込まれていて、
何度でも一日に感覚は、更新されていく。

いっぱい、いっぱいな感じ。



わたし、神様に頼まれても、思春期なんざ戻りたくない(笑)

この経験&視野のまま戻してくれると言っても、そりゃ、違うやろーと思う。


過去になんて戻りたくない、
今がいつだって一番vividに面白い。



子供、中学生、高校生に接すると、

この自分の価値観や重きを置く場所 
知識。技術、年を重ねて身にまとったもの、経験、視野。
自分の中に溜まってた澱や勝手に決めてた限界を、見せられる。




「高校生」ってラベル付できる存在は居ない。
ひとりひとりの違う人間がいるだけ。


何やっても、どこに行っても、
わかるのは自分。


・・・・と考えるし、解釈するようにしてる。
そうすると、自分が変わることができるので。





自分が学生の頃
何もなしていないとき(働けない心身状態だったとき)
自分の資質と考えていることに尊敬を持って
心底感嘆して、接してくれたオトナがいた。


その逆照射を手掛かりに、
自分自身の輪郭を手さぐりで探っていった感じ。


尊敬を持って接すると尊敬が帰ってくる。
どんな年齢でも。


同時に、それ、・・・ちゃうやろ?

て部分を言語化して説明責任は、
オトナ(に、いつのまにかなってしまった)
私の側に、あると、感じるし☆


大人になって、あらら

と思ったこと。


オトナってのは、子供と勝負しないものだと思ってた。

全然、別の土俵にいて、歯牙にもかけない存在(笑)というか
圧倒的に神のような存在で、
すべてをわかっていて、何かやらされていることの背後には
想いもつかない、配慮があると思ってた。


・・・全然ちゃうやん!

高校生相手・生徒に本気で、ムキになるし、
感情的になるし、劣等感持つ
めちゃくちゃ、短所だらけの不完全な人間・・・・


教師時代も、

バッシバッシとジャッジに切っていく自分を含めた周囲に
なあ~んだ、こんなに、ある意味、子供っぽい存在だったのかああ~

なあ~んだ、こんなに、センセたちって・・・

何もわかってなかったのかあ~


そんな顔色一生懸命伺ってたのかあ・・・・


・・・と肩の力が抜けた。


ま、そこからが、すべての始まりね。




何かしら突き抜けた人は、肩書など関係なく、

子供っぽい存在の愛すべき大人たちは、
グチやエゴを超えた部分での
「なにか」を持っているし。





ひとりの人間の中に、
いろんな年齢の存在がいる。

それを本人が、押し殺してると、
どっかからそれが見え隠れする。


強い部分、弱い部分、柔らかい部分。
神性を感じるような無私のスピリット、
愛、優しさ、時に、
エゴイスト、まがまがしいまでの暴力性、残酷性、

それが、、全部ふくまれて、
ひとりの人間なんだなあ。


そうやって、
お母さんのお腹から産まれてきたんだよね。
全部持って。

今までキレイな部分だけが
愛だと思ってたけれど

ドロドロした(と自分では思ってた部分)含めて愛だし自分だな。
そして、それは人もそうだなあ。



男らしい部分、女らしい部分、性を超越した部分。

40歳でも、50歳でも、70歳でも、
繊細なその人が顔を出す。




それは、小学生・中学生・高校生でも変わらない。
「気を使い過ぎる」子供たちを見ていると
分かっているんだなあ、と感じる。

結局、「問題がある」と感じてるのは、私で、
私の側の問題なのだ。


道行く0歳や、乳幼児ににっこりと目を合わせると
その奥の大人びた顔と質に、ハッとする。
「この子、私よりも分かってるんじゃにゃい?」



このところ、自分自身の高校時代イメージがガラガラと変わった。
要するに、イメージの誇大化してた部分が、
等身大に戻ってきたわけで。

もう高校の同級生に会えるなあ。
高校時代の同級生って、超☆怖かったのだ。
高学歴集団(笑)ということで、私の中の劣等感が噴出しそうで。
バシバシ「自信ありますオーラ」は恐怖だったっけ。

投影していた影が戻ってきた。
怯えてたのは結局自分の影で。

自分をそこに見ていたわけで。
押し殺していたものが、声を上げた、「私をみて!認めて!」って。


私が教壇に立ってて授業してて面白かったのは
「自分がわかる」ということだったのかもしれない。

どういうときに(私が)キョドルか。
どういうときに、どう反応が起こるのか。
体反応に応えるから、こちらの気合と機嫌は感染する。



高校生を高校生とか、私が教師とか、
枠に入れずに、

自分が天と直結していると直感的に感じた言葉を
降ろして伝えていくとき、ビビビと来たなあ。


結局、予備校講師を見てても、現場の人たちでも、
天と地をつなぐ存在だな、と感じる。

表にわざわざ出さないけれど、すごく直感的にわかってて
それを、「教育」や「先生」の枠組みに向かって翻訳に翻訳を重ねてく。





「学生」「先生」の

「大人」「子供」役割演技はあるけれど、
その役割が外れた瞬間が産まれると
バッと面白い化学現象が起こるしね・・・。










・・・うーん、我ながら、治癒の過程♪ (笑)



昔の自分に教えてあげたい


10代の自分に教えてあげたい。

歳をとるのは本当にいいよ、って。

あなたはね、年々ラクになって、素直になっていくんだよ~~~!!!  




高校生の自分に教えてあげたい

もう、泣き続けてたあのころの自分に毎瞬間、毎時間

このメッセージを送りたいぐらい(笑)

あなた絶対に大丈夫だからね! と。




大学生の自分に教えてあげたい、

働くことで、何もかも終わりじゃないんだよ、って。

「働き始めたら、イロイロできなくなるから・・・」って大学時代に

よくオトナから言われた常套句で、それにいちいち絶望してたけれど

そんなことないよって。

どうゆう風でも働けるよって。






会社員になったばかりの自分に教えてあげたい。

大丈夫、社会人の男の人が怖くて、

セクハラ相談室に訴えたり、潔癖症すぎて、

飲み会の席で振る舞いがわからなくて悩んでも、

ちゃんとあなたはコミュニケーション取れるようになるから。

男の人と恋愛もできるようになるから。

頼れるように、甘えられるようになるから。




20代半ばの、うつ病でひとりで転げまわってる自分に言いたい。

その経験はこれから、

たくさんの人を救ったり、助けたりサポートするための糧になるから。

貴重な大学院に入ったような通過点だから。

その他ならぬ体で悩みぬいて感じたものは、

誰も奪えない財産だから。




家族関係で悩んでいた自分に言いたい。


母親も父親も、あなたとおんなじ

不完全で子供で未熟な、単なる一人の人間なんだよ。

その人が、ただ、喜怒哀楽が激しく出てるだけなんだよ。

ビビることもない。

落ち込むこともないんだよ。

そして、親の愛がベースにあるんだよ。







20代後半の焦ってる自分に言いたい、

30代になったからといって、何もそんなに世界の終りのように感じないで。と。


自分に還っていくんだよ~あなたは。

どんどん、

見たことない世界を、出会ったことのない人に出会ってゆくから、

って。




1年前の私に、小浜島で、香川で働いていた、私に言いたい。


大変だったね、お疲れ様。

大丈夫だよ、もともと自由だよ

あなたは圧倒的に愛されてる、守られてるから。

問題はないから。

あなたが、誰が、何といおうと、そうだから。









今の私に言いたい、

「31歳」「独身」「女」「自分の名前。過去、今の肩書や所属」

などで、勝手に一般化して、縛られなくていい。

世間一般や、誰かが言う、「幸せ」「価値基準」をなぞって、これから死ぬ時に後悔しない?

自分から自分にラベルを貼って、それを生きることなんて、全然ない。

自由にやりたいことを、やればいいんだって。

この中の範疇だったらこれを選ぶのが妥当でしょ?なんて

思わず、まず、

ハートがわくわくする方向に進んで、と。








10代の頃は、10年悩んでたことが、

20代の頃、これまた10年かけて悩んでたことが、




最近は1週間、3日間、1日、半日

ん。一瞬?で

ふと抜ける時がある。



あ、ここにこれた。

望んでいる場所に来れた。


そう、これを望んで欲してきた。


そういう実感が日増しに強くなる。












もちろん、悟ってもいないし
わかってもいないし、
断言できるほどでもない

生身の人間だし、


断続的にいろいろ続いて悩みっぽく
湿っぽくしたくなる(笑)んだけど、

シリアスにあえてして問題創り上げて、
同情を誘う、自作自演癖が抜けないんだけれど(笑)

「まあ、いっか」になりつつあったり。



真剣に悩みたかった病、シリアスになりたかった病のかわいい自分。
そうして、まもられてきた自分の過去。





脱ごうと思っても脱げなかった、衣や鎧と

一体化していた自分の身体。

ハダカになるには、

やっぱり今のタイミングだったし、脱げなかったのは脱ぐ時期じゃなかったってことだよね。

(精神的な話☆ 笑)



「こっち違う」「これこのまま行ったらこうなる」「NO」感覚も、出てきた。

ほんとうに・・・すごくすごく、微々たるものだけれど、それは私にとっては大変化。

ここまで変わったんだ、言えるようになった自分。







そして、

「なんか、すっごく、楽しそう」

なのだ、


私が出会う、ヒーリングやスピリチュアルの仕事してる人たちの生き方が。



年齢不詳チックで、

オトナなのに、少年で、子供で、


おいしそうなもの食べて、

あちこちやりたいことやりまくって、

あちこり旅してて、人間的にも、異性からも魅力的で、

仕事自分で組み立てて、

突発的に何か起こったら、その場でパパッとコラボしたり

対応できて、

すごく、奇人変人だったり

変わった性格なんだけど、

そういう自分を、また笑いながら

えへへへ~とかわいく、生きてて。

人の傷を癒していく。

依存関係でもなく、






だから、素直に惹かれるんだ。

そして、この、好きの気持ちに正直になるんだ☆












2015年5月24日日曜日

涙と「愛してる」



友人が亡くなった。


突然だった。
唐突過ぎた。

朝に受信した、
メールの字面の意味がわからなかった。
文字がわからなくなった。


何度も読んだ、そのメールを。
ダンナさんが、痛恨の思いで、彼女の遺品の携帯電話から
打ったメールを。



私の誕生日(6月8日)を予定していた赤ちゃんが彼女のお腹にいた。
まだ29歳だった。




くも膜下出血で、先週の月曜日に亡くなったという。


言葉がなくなった。

このように知人がいなくなるのは、生まれて初めてだ。



信じられなくて、共通の知人に
連絡が取れない。


1週間ぐらいしてから、友達には連絡しようかと思った。
本当なのか?と。
そしてどう感じればいいのかもどうすればいいのかもわからなくて。



だが。違うな、とすぐに連絡した。
この頃疎遠になっていた、友達と電話をした。
彼女が、つないでくれた縁。





蝶シス(蝶々さんという女性の作家さんのファンのメンバー)
の中でも、コミュニティ内でも、
静かに衝撃を持って、その波紋は広がっていた。







もう、彼女がこの世からいなくなる前の
自分には戻れない。



目の前の現実と、違うことがずっと体内で回ってる。


涙が勝手に流れる中で。

ただ、淡々と作業をした。
まだ入ったばかりのバイトの職場の人には言えていない。



お金って、なんで価値があったんだっけ?

私が働くってことで何が産まれるんだっけ?


そんな問いが、ふと浮かぶ、くるくる回る。


価値や意味が逸脱する。

突き抜けるほどの疲労感と虚無感

虚脱感が体を襲う。


ぐったり・・・






出会いは、石垣島の離島ターミナルで
生まれて初めて会ったのに、目を見て手を振り合った瞬間から、
すぐにいきなり盛り上がって
わーわー語り合った。

飛行機の中で、彼女から私の席に来てくれて、
それで
「天使・天女機上会議だねっ♪」

なんてノリノリで話した。












彼女が、私に耳元で今
何を言うのか、想像した。

白くて、天使のようだった彼女。


「よしこさん、よしこさん自身がすでに持っているものを大切にしてください」




私は、どれだけ私をおろそかにしてきたか。

私はわたしを愛してきただろうか?

自分を愛してる、愛ベースの選択をしてきただろうか?






自分の気持ちに。
自分が感じることを、一番にしてこなかった。
一番優先してきたのは、思考。

そして周囲の人にとっての、「私が作った私像」私イメージから
逸脱していないかどうか。

プライドと、ガチガチの頭の塊だ。


この場の空気を乱さないかどうか。

その会社や所属する組織から逸脱しないかどうか。

優秀な社員の振る舞いができているか?

その場での、求められる部下になっているか?

自分が、愛しているか・愛していないか、
どう感じるか、


ではなくて、

相手の気持ちと都合ばかり

優先していた恋愛をしていたのでは?














自分が隠してきた部分に、
抑圧してきた部分を、
出そうとしてこなかった部分に復讐されている。
見事にそれが、具現化した現実が来た。







彼女から受けた好意や慕われた気持ちを、忘れたくない。
そうやって強烈に他人から必要とされる時が私には時々あるんだけれど、
そういう自分を受け入れきれずに来た部分もあるし。
彼女は周囲の人に、その混じりっ気なしのスレてない、
人の好さで、明るい気持ちを与えていたと思う。










人から好かれる自分が、キライだった。
人から頼られる自分が、キライだった。



・・・やっと言葉になった感じ。
これなんだな。


人からの好意を受け止めることができなかった。
人から好かれる自分を、受け入れられてこなかった。自己受容。



自分を低い位置に置いておきたい。
自分は卑下していた存在でありたい。
悲劇のヒロインで居続けたい。
愚痴を言い続けられる、甘えられる、
不幸な存在で居続けたい。
未熟で中途半端で幼い状態で居続けたい。

20代のように、
わからないことが多くて、
そして、助けられ続ける存在でありたい。




一番認められたかったのは、自分に、だったのに。


親でもなく、世間でもなく、学歴でもなく。
中学時代に、オール5をとることでもなく。

高校教師を辞めてしまったのに、
今でも、「元高校教師です」と言うのはなぜだ?

自分の履歴や、20代の人生を半生を
滔々と語ってしまう、痛い自分はなぜだ?

それで、また相手の履歴や、本音を聴きだそうとする

なんだか、暴力的な応酬や
ぐいぐいと入りこみすぎる、

過剰に相手に尽くしすぎる、
自分はなんだ?


「ホメ言葉ばっかりだね!」
ある人のワークショップ後の懇親会で言われて、ハッとした。

ホメ言葉に偽りはどこにもない。
純粋に素直に言ってるだけだ。

ほめ言葉が言えなかったから、20代の一時期
相手のいいところをずっと言語化することを意識的にやってきた。


でも、同時に違和感がやってきた。


「これだけホメてやってるんだから、あなたは私に何をくれるの?」
そんなゲスい自分に気づいた。
もちろん、すべてではないが、その圧が自分の中にある。


これは、・・・ちょっと、違う。
私の目指す光の方向じゃない・・・

もうまた次に動くときが来たのだ。











亡くなった彼女に送ったメールを見直した。

小浜島に。沖縄に住み込みで働いていた時のメールの応酬。

そこに今のヒントも詰まっていた。


なっちゃん(starbowのセラピスト)のfacebook
からの、去年の、コピペ文章まで出てきた。


****************

最近、浮気だどうだ…
いろいろ聞くこと多いけど、、夏だからかな?(笑)

べつに旦那が浮気してもいいじゃんねー、というのがわたしの意見(あくまでも個人的な意見で、それをだれかに押し付ける気はないけどね)

自分が愛した男が、だれかに抱きしめてもらえる。慰めてもらえる

それは、幸せな事だと思います。

『浮気したから別れる』というのは
『自分の思い通りにならなかったから』とか、『自分だけのものにならなかった』からイヤってこともでもあるよね。

あと、オトコに額面通り愛される事(誠実に、大切に、経済的に、精神的に、継続的に)=自分の女のとしての価値

としてしまうと、またややこしい。

そうでなくて、
浮気しようが、浮気しなかろうが
甲斐性があろうが、なかろうが
嘘つきだろうが、そうでなかろうが

目の前の男を愛していたら側にいればいいし、愛してなかったら捨てればいい。シンプルに。

相手がどうであろうと、自分の価値を信じていればいい。

浮気や不誠実を引き合いに出して、わざわざ泥沼にはまらなくてもサ。

愛してるか、愛してないか。

そんだけの事でいいと思うけど、、

ダメかい?


*************




私がこの地球上に
生まれ落ちた意味。

投げ入れられた魂として何ができるのだろうか?

一人でも多くの人に。貢献すること。



自分に、素直に、素直に。素直に生きてゆくこと。




天使の、まみちゃん

この世に、光を愛を、

あなたの優しさを、記憶を。ありがとう。本当に。 祈っています。

一生忘れないよ。 そしてあなたの記憶とともに、生きていきます。また、会う日までね。
































2015年5月1日金曜日

少しだけ昔の話をしよう☆

今現在の、大事件(大悲劇)も
10年後には宝物。


心理カウンセラー・心屋さんの 好きな言葉☆
実感としてそうだと思う☆


10年前の悲劇も
今は、宝物になったから。
宝物にできるから。






10年前の21歳、私が大学2~3年生。

ちょこちょこ書いてきたことだが。



ちょっと最近、過去の出来事の読み直しが
できてきたので、再び書いてみる。
(何度も読んでいる方、本当に、くどくてすいません。。。。)



私は人生初めての彼氏ができた。
で、

両親に激怒され、
エイズ検査に行かされた。(← まあ、当時の私は行くのを選んだ、とも言いなおせる。)
(結婚前に、彼氏の部屋に行くとは何事だ!という、考え方)

両親のしつけは、非常に、厳しく、いわゆる過保護だ。

「お酒を外で飲むな、男性が同席している場所で」「ピアスは開けるな」
など。大学時代言われていたこと。
遊びたい私は、そんな生活できないので、適当に、破っていましたが、
見つかると怒りはすさまじかった。







すべての下着を捨てさせられた。
色はベージュか、黒に買い直さられた。

持っていた、赤やピンクのマニキュアもすべて処分させられた。

「女性らしいものはダメ」と。
当時付き合っていた彼氏とは別れさせられた。

家の外で何も言うな、と言われたから、誰にも言えなかった。

(←まあ、当時の私はそれを選んだ、とも言える。
家出する、とか、何が何でも、逃げるという選択はできなかった。
その選択ができなかったのも、自分だから、ま、いいんだけれどね☆)


毎日ひとりになれる場所で、泣いていた。

こんなことがありながら、当時はバイトして勉強して留学してたのだから
20代の自分を本当に、尊敬する。

自分の中の「女性らしさ」「オンナってなんなのか」「誰か未来に好きになる人ができるのか」
結婚とか恋愛とかもわからなくなっていた。
幼い世界の中で、絶望したりあきらめてることもわからないぐらいに、絶望していた。


あまりの体験のキョーレツさに数年忘れていたが、
就職した年の冬に、記憶が蘇ってフラッシュバック、し

心臓のバクバクも止まらず、会社のデスクに座ってたら脂汗や
自分が死ぬビジョンばかり浮かんでしまい、
うつ病になった。

高校時代に通ってたメンタルクリニックに駆け込んで、休職した。


今になるとよくわかる。

この出来事には、今考えたり感じたり、自分の癖。

学んだり、気づいている、すべてのヒントが含まれてる



ま、冷静に見直すと・・・・

(子供からすると)絶対的な親に従うことを選んでいた。

思考や判断基準を乗っ取られることを選んでいた、
なにもかも、大きなものに
預け切っていた子供だった。
自分軸で選ぶことができなかった。
というか、自分軸ってナニ?

という感じだった・・・
(もちろん、今もそれはあるけれど、ね)





・母娘関係。(最近はやり??の『母の呪い』 )

・最近話題の、いわゆる毒親とそこからの精神的・経済的自立。

・世代的な、性の価値観の違い。

・自分の内側に無意識に刷り込まれている、恋愛、性、SEX へのタブー

・愛着関係、近視眼的な人間関係

・自分の恋愛観、恋愛関係、人間関係の結び方

・日本戦後の社会の価値観の変遷。
専業主婦の行き場のないエネルギーが子育てに向かったこと。

・自分自身が持っている、革命衝動。自分主体で使わなかったから、親が使った。
(占星術的には、 月と天王星)

・占星術的に、21歳は自我が降りてくるという歳、その時も
自分の意識を開いていなかったから(親にまかせっきりだったから)逃げ遅れた。
今思えば、判断基準を完全に親に預けていた。(今ももちろん、その部分はあるけれど~)

・誰か他の人に、暴力的・強烈にコントロールされ、乗っ取られた経験があるということ。
そこをベースに、他の人へのアドバイスとサポートに生かせること。

・まだまだ世間一般的なメンタルクリニックのイメージ

・コミュニケーションの方法(最近勉強し出した、NVC(非暴力コミュニケーションなど)

・洗脳の概念(洗脳は、遠隔操作=物理的に離れててもその人の行動をコントロールするために
脳に負荷をかけて刷り込むというところから)



などなど。


もっともっと、もっと・・・たくさん、ある。
きっと、これからも、出てくるだろうなあ。

今は、こんなこと四六時中考えなくなった。
(昔はこういう出来事がエンエンエンドレス~に、頭を回る時があった。)


ただ、ふっと、

あ、つながる。
と思う時がある。
記憶インデックスから、つらつらと今と過去と未来が溶け出す。





そして、あんな過酷な時でも
沈着冷静さが自分を救っていた。
醒めきった、自分を俯瞰する目

内側から来る感情を断ち切った、透徹な視点が
自分を守り、律していた。
(占星術的に言うと、管理者の☆・土星)

それは、
「頼るのが苦手」「助けてと言えない」「甘えられない」
自分でもあるけど、ね。





感情がすべて無くなるような、凍らす経験をしたものが、
また、そのような体験をした人を解放してゆく。

と、オーラソーマの真理ちゃんにも言われたっけ。




当時。
心底 こんな人生は こんな自分は、嫌だ、と思った。


自分のすべてこの 血肉体 を忌み嫌った。
そんな親の身体を受け継いだ自分はどうすればいいのか、と。


だから、どうすれば自分が変われるのか、と延々

様々な、本を読み漁った。
教えてくれる人には食付いた。(文字通り、死活問題だったから)
自分の中の整理のために、心理学や、スピリチュアルの勉強も続くし。


それが、だんだん楽しくなってきてしまった(笑)


そして、ふっと、

別に幼いころの自分に、
それまでの自分に

「問題は無かったんだな」と肩の力が抜ける視点がやってきた。

確かに、起こった現実は、一見、悲劇だった、かもしれない。

それをどう解釈するか
どう意味づけて
どう行動し、
どの反応するかは、

私がいつだって、どんな状況だって自由に、

今、選べること。

だから、未来は選べる、ってこと。





この10年前の具体的な、話をするのは、

私は難しかった。(もちろん、今も突然言ったりはしないし、わざわざ話題にも出さないけれど)



専門的な訓練を受けた、カウンセラーやお医者さんにしか話せなかった。
どんな話も、ニュートラルに相手の静かな鏡になる
そういう対話方法を身に着けた人に、おそるおそる語ることしかできなかった。

自分の身の上に起こってきたことが、実は、問題だったのだと気づいたときには、
心身がぼろぼろになり、感覚過敏になっていた。
感情のエネルギーをぶつけられるだけで、苦しかったし、寝込んだ。
ニュートラルに淡々と、返事が欲しかった。


事件の内容の大きさから、出来事に揺れて、感情を投げ返されたり、
その人の価値観でジャッジされるのは、そのまま痛かった。

20代は、「強烈(な人生)だね~」と言われるのが苦しかった。
自分で選んでキョーレツにしたのではない(と、当時は思っていた)。

今は、もう、何を言われてもどう反応されても、
そこにあまり、こだわらなくなった。


そして、こんな、超個人的な体験が

誰かの未来の、人生の。
役に立てば、貢献できればいいなあ、と思う。


超個人的なことばかり書いていると無私になっていくような感覚がある・・・




そして、そんな昔の体験も、

今となっては・・・とても、とても。大事な宝物の話になりましたとさ☆


そして、この話も、
私からしたら・・・・主観的に、真実だけれど

違う人からみたら、違うのだ。
人の数だけ、その人の、解釈と現実がある。
全然ウソだったり、ツッコミ所も満載だろう。

・・・・そう、それでいいんだよね、って☆ 



やはり書くのはセラピーになるなあ・・・
このブログ記事書いて、またなにか、落ち着きました。


エゴラッピン サニーサイドメロディー

この歌の、
光(明るい方向)に
意図してゆく世界観が好きです☆