2016年11月18日金曜日

奇跡とよろこびの、連続の中で

毎日
毎瞬間

例えば
お風呂に入れて
屋根があって
雨風しのげて

水道の蛇口をひねれば
水が出て
お湯が出て

そういう
淡々
とした、

確実な、
幸せ。


を、しみじみと感じた。


今日本は
戦争をしていなくて
平和で。


例えば。
一冊の

本を手に取って読めれば
それだけの
お金を出せたこと
その本を出版してくれた人がいること
その本を売ってくれた人
レジ打ちをしてくれた人

その本を運んでくれた人
出版社の人
著者の人
編集者の人
印刷会社の人

そのデータを送るために
PCでネット回線だったら
そのネットを繋いでくれた人

そのための電気会社の人
電線を張ってくれた人
工事をしてくれた人・・


無限に
網目のように
有機的に広がっていく
どこまでも
どこまでも

そのヒトツヒトツの折り重なりがあって

布のように
縦糸と横糸が織り合わさるような
連続で

今ここに、ひとつの本が

ある。



そんな無限の
どこまでも広がって
つながって
連鎖している

奇跡の連続。

意図の連続。

そして、書こうと、
この世に
その本を産みだそうと

決めた
人がいたこと

それを創り出そうと向かって行ったこと

その重なりの末に
ここにある手元の一冊


どんなものも。
そこへの手間や折り重なりや
祈りを感じて

ありがとう。

と毎日思う。






今自分がここにいるのも

ご先祖さまからの

ずっと重なり合いで

ここにいる

ご飯とか手間とか
そういう根源の
元々の、
愛情の末に


守られて。

そういうこと一粒一粒が

ありがたいなあ。









愛したいんだよ、でも怖いんだ

愛した男の人と、


はぐくみたかったのに、
はぐくめなかった
人間関係



愛するという行為や行動が
自分の中では
それで、「愛」だと思っていたのに
相手にとっては
そうではなかった

そのようには伝わっていなかったこと


悲しみ
分断
断絶

自分の中で葬り去ってしまったこと

人生の中で、
一番最初にできた彼氏との関係を
手を離してしまったこと

その時はそうとしか
できなかったのだけれど

ただ、自分が
自分のリーダーになることを

自分の一番弱い部分を
自分で面倒が見れなかったことが

残念で。

今だったらなにができただろうか?


と思い返しながら

悼み、そして愛し直しています。






2016年10月2日日曜日

自分の呪縛は自分で解く(●^o^●)❤ 甲斐叶子(きょーちゃん)リーディング感想! 

~毒親だった母への、精神的なヘソの緒を断ち切り続けるぞ☆ ~

 甲斐 叶子 (Kyoko Kai) ちゃんのリーディングを受けました。


先週名古屋に帰った時に、ひょんなことから交換セッション、
ブルドーザー的パワフル☆芸能人オーラ放ちまくりの、
きょーちゃんのリーディングを受けました♪
(以下、長いですが感想です)




「時代を塗り替える女」❤

「土偶的縄文時代から連綿脈々と続く
 命の根源エネルギー直結体現パワフル」

と初対面から、私がお伝えさせて頂いてる(笑) きょーちゃん。


話しているだけで、
電話の向こう側から、
宝石の光が乱反射して爆発しているような
声のきょーちゃん・・・!!!
ラジオのお仕事してるの納得❤
面白すぎた!!!!
腹落ちに次ぐ腹落ち&腹落ち、
腑に落ちる連続の腑に落ちまくり(笑)
あと、
自分が向き合って来た、内面葛藤が言語化されてスッキリ!!!
ただーーし、
かなり受け手の精神的自立が必要なリーディングだと感じました。

 受ける方は丹田に力ON!ヘソ力! 
 自分の人生は、全責任自分

リーディングだろうが、
セッションだろうが、
を受けて現実を変えていくのは自分の行動。

そして、

目の前の現実を創り出してるのは100%自分。


の、覚悟からのスタートで、受けることをオススメします♪
もちろんこれは、どんなヒーリングも同じですが。
(大きなヒーリングやエネルギーが動くと、好転反応で
ガガガ♪ って 落ち込んだりすることもあるのでそれも。)



個人的経験&体験ですが、シェアしますね^^

・私のご先祖さんの声が、そのまま自分が何かやるときに出てくる、
葛藤の声&つまづいてたパターンそのまんまだった。
・自分が向き合うべきところにバシリと光が当てられた。

何かやるときの罪悪感や内側から湧いてくるジャッジ
(NVC言語で言うところの内向きジャッカル)の理由がクリアになりました。
ああ納得。ハラ落ち&腑に落ちるの連続。


<見てもらった内容>
・父方両親と母方両親の先祖の仲が悪い(笑)
そして、母方家系のおばあ様たち、
成仏してない先祖一同が、
新しい生き方を選ぼうとしてる私の苦しみをテレビを見てるみたいに楽しんでる。


父方、父は私の新しい生き方を応援してるが、
母方の先祖&母は、「そんな生き方選んでるから、
うちらの言うこと聞かないから苦労してるんだわ(ボリボリ←せんべい食べる音)」
みたく、私を見てるそうです(笑)


おいっ!!! 
応援してよ、子孫ががんばってるんだから!

と思わずツッコミ呆然(笑)



母方先祖は、お金持ちだったり、経済的に恵まれた
家系だったり、地方の名士的な立場だったんですが、
そこの女性たちは、「良妻賢母」の嫁入りの枠に押し込められて
本当に未練タラタラ人生だったみらいなんですね。
男性陣も、外に女性を作ってしまったりだったり。


や~わかる・・・その感じ。
自分の中の「女」の歴史は、
自分の先祖からの生き方をひっくり返したり
革命したりする役目がある。
と言われてたので、
また重なりました。



・私の母親はパワフルすぎた。専業主婦と良妻賢母という枠に収まるには(笑)
4000人ぐらいを相手にして、選挙に出れるぐらいの力を持ってるのに、
何を勘違いしたのか「戦前からの、良妻賢母枠」に自分を入れてしまったため、
その噴出したエネルギーが、全部
娘の私へのコントロールに向かった。(向かっている?)
そう、
正直、私の母は、校長とか社長とか政治家
やってた方がよかったと思うんですよね。
「なんで今私が心身最悪のコンディションで、それ言う!?」という
連続の歴史でした。母と同居していた時は。
(それで何度も果てしない家出と体調不良とケンカを引き起こしている。
一番仕事が忙しくなるときに、必ず、また
感情的に叱ってくるので、バランスを崩すまいと
必死で、やってた戦闘態勢になる体の状態も有)




そして、その負担は今も私の心身に残ってる。
いわゆる毒親・・・。
母との関係が特に大きかったので、あ~と納得。
宇多田ヒカルちゃんが、お母さんに非常に苦労したのも
他人事だけれど、他人事ではないです。

もちろん、今はとても穏やかなんですけれどね。
自分の内的としては、根深い。


そして、そこが切れていない様子。
これは、このところ
自分が向き合ってる、
自分の内側の
幼児性(イヤイヤ赤子)を自覚してたから、
ダイレクトに、またつながる!!


叶ちゃんに、
「なんで、幸せにならないの!?」
と言われて、
「・・・だって、親よりも幸せになっちゃ、親が困るから」
と、ツルリと出てきて、


ガーン・・・・
まだ「幸せ恐怖症」の段階なのか~
自分(そこやってきたのに、ずっと)
・・・とショック。でも、これはおそらく、
形を変えて、一生続くのよね~(苦笑(^_^;)



そして、うすうす感じてたのですが、
私が、
先祖、今までの日本人が
女性の生き方の成仏してない生き方を成仏する・・・
幸せになってくつろぐ。
てのは、自分一人の話にとどまるものではないのだなあ~と再確認しました!
他にもたくさん読んでいただきましたが・・・
(情報量多く、深度も広さも、桁違い!!!)
ズガンと根っこから揺らぐような衝撃の数々のリーディングでした。
でもって、とても実用的。
そして、
自分にかかった呪いは、自分で解く。と改めて決意。
ま、
もともと「呪い」なんて、無いんだけれどね。


また、自分で手を伸ばして「快」「JOY」を選んでいくのだん♪
叶ちゃんリーディング、

「自分の幸せは自分で創る」と
腹を決めてる方に、
とてもオススメですよ!!




❤甲斐叶子ちゃんの、facebookページ❤
↓ ↓









https://www.facebook.com/kyoko.kai.35?fref=ts❤
かい
ht
tps://www.facebook.com/kyoko.kai.35?fref=ts














2016年9月24日土曜日

【名古屋実家雑感 ☆ 雨の日もあってセンチメンタルに 】


名古屋・・・私にとっては、故郷に向かう新幹線で不思議な気分になった。



この世で、
一生、名古屋を訪れない人もいるだろうなあ、と。
私は、実家が名古屋にある、だから
その土地に向かっている。
別にそれは名古屋じゃなくてもよかった、
という土地との縁。



文教区にある、我が家付近を散歩。
都会の匿名性にまぎれる心地よさ。


たくさんの違った制服を着た
高校生と、すれ違う。


今私が住んでる離島では、
一つの高校しかない。
島の高校生を見かけたら、
ひとつの制服しかないから。


今いる土地では
多くの種類の高校と大学がある。
市立、私立、県立、国立大学、私立大学。


名古屋では
車にお金をかけている人が多い。
走っている車がきれいだ。
外車も多い。


ほとんどの住人が、サラリーマンや公務員。
そんな場所で育った特異性。


名古屋での
選択肢の多さ。

コンビニもたくさんある。
見せに入れば商品がたくさん並んでる。


名古屋にいたときの絶望感も思い出す。
もうすでに、ほとんど形にできている。
私が何かやらなくたって、すでにあるじゃないか。
もう、変えられるものなんて
無いんじゃないか。と。  


離れたことで見えてくることを、
それでまた出会えたご縁を
少しずつかみしめる。





今、この瞬間はいつだって、新しい。

2016年2月21日日曜日

①三河サドベリースクールの見学に行ってきたよ。



先日土曜日、三河サドベリースクール に行ってきました。

あれ?

私が小さい頃から違和感として感じてたことを

すでに体現してる場所が、 ある。
そんな人が、すでにいる。

・・・という静かで、深い気づきと、

今まで自分が受けてきた教育、
ジャッジ、評価、傷、
闘ってきたものと、
静かに向き合う時間になりました。





先生をやっているときに、感じる痛み。


例えば。

「私の職業は高校の英語の先生です」と言った瞬間、

180度態度が変わる人がいる。

それに、直面して、心底
悲しんだり怒ったりしてきた。



婚活の場面において、
男性に対し、
自分の職業を名乗ると
途端に、いきなり攻撃的になったり(攻撃は最大の防御・・・)。。。 
「すごいですねー」・・・と引かれたり。


要するに、その人自身の
「学校トラウマ」「先生トラウマ」
「英語トラウマ」「ラべル付の癖」
が私に投影されてたんだ。



が結局、それは相手のテーマであって、
私のテーマではない。
私が解決し、責任を負う問題ではない。

と切り離すことができるようになった。


そして、
自分自身を
優しく受け入れてくれる場所と相手を、選ぶようになった。
だから、
それも問題と感じ無くなってきたなあ・・・と、今日。
久しぶりに、思い出した。


小・中・高等学校での
強迫観念に基づいてケツバットで走らせる
勉強、教育、その時に教師から受けた痛みを
癒せずに、気づかぬうちに大きな怒りとなり、
そしてその、腹に抱えているトラウマにさえ
気付きもせぬ大人の多いことよ。
(注:もちろん全員ではないが。)



そして、そのような感情の溜め込みに
また自らも無自覚な教師自身も多いことよ。
(注:もちろん全員ではないが。)


ただ、そのことに、
わたしは怒り、そして、悲しんだ。





教育の場にいると、
本当に、ふたつの真っ二つの流れを感じる。



どんどん、保守的になっていく流れ。
時代を逆行するかのように、たくさんの課題。
過保護な関わり。



その一方で、
多様性、新しい協働・協創関係、新しい人間関係。
自分の軸で生きていく生き方。



また、
そんな痛みを
生み出す流れに乗ることへの
問題意識がいつも常にあった。
教壇に立ちつつも、同時に、
私はこんな指導をしていていいのか? と
いつも自らに問いかけていた。



だから、昨日三河サドベリースクールに
実際に見学に行ったときの衝撃は大きかったです。

<つづく>




<続きます。>