2014年5月17日土曜日

ツバサ「アンダーグラフ」


「人は、翼をもつと、自由になれるんですか?」



思い出の曲であり、
☆読みのBGM。

ただやみくもに、翼をもてばいいってもんでもない。
自分は何も変わらずに、行動もせずに、

座ったままで、ぶーぶー言っていて
いきなり翼が生えたら、

暴走してしまうだろう。





 TOKIO 宙船

こちらも、youtubeのリンクから。
タイトルに惹かれたんですが、

「宇宙」の
どちらかの漢字が入っていると
ついついクリックして聴いてしまいます☆
宇宙オタのわたくし♪(笑)













2014年5月16日金曜日

テレビを見るとアタマが痛くなる







「日本国憲法」の本(小学館)

が、セブンイ=レブンの雑誌コーナーの前ラックに置いてあるのを見た。昨日。

そうか、こんな時代。こんな時流なのか。今の日本って。としみじみ。

そこに、いい・悪いでもなく。

右でも左でもなく。

ただ、素直な自分で感じて行動を続けたい。

そんな私にとっては、

この国に蔓延する、ヒステリックさ。怒り。

よくわからないイライラ。まとわりつくようなベトベトした空気は、なかなか重苦しい。






テレビを見ると、自動的に頭痛がする。

私の場合。


われながら、

敏感すぎるとおもうけれど、これが現状の、体質なので仕方ない。(笑)

今のところ、これは

一緒に見るメンバーや、場所によるけれど。




朝食や、夕食の席では、

「頭痛がする」と言ってテレビを切る私と、

「テレビを見たい」と言う母との、

静かなる テレビ電源on / off バトルが始まる。(笑)



昨夜も、憲法9条改正案のハナシから、まじまじと久しぶりに

一連の政治家さんの顔を見てたら、

左後頭部から、眼の奥にずきーんと激痛が走ったので、

画面を見るのをやめよう・・・と早々退散。


部屋にキャンドルをつけて、

さそり座の満月をながめながら

ぼんやりとかぐやひめの映画に感動して、ブログを書いたことを、思い出す。

http://red-roses-and-butterflies.blogspot.jp/2013/11/blog-post_29.html



あの静けさは、まるで瞑想中みたいな映画だったなあ。

かぐや姫が、「女」と「時代」に、モノのように扱われて

権威づけされる肩書に利用されていこうとする瞬間に

家を蹴破ってすべての着物を脱ぎ棄てて激怒して、疾走するシーン、

ああいう風に、今の私も遠くに飛ぼうとしてるんだよね。

飛びたければ、飛行機に乗ることを選べる時代。

移動を続けながら仕事だってできる。それは、ただ選べばいいだけなんだ。



月を見て涙ぐんだり、太陽を見て笑ったり。

やれやれ、最近のワタシってば、完全に宇宙トリップ状態・・・♡ (きゅん)




・・・と、トリップばかりしていてもしょうがないので

この大地・ニッポンに戻ってみる。(笑)


政治家さんのお顔や、あべちゃんの顔を見てたら、

う~ん、この顔面表皮1~2センチぐらいにかぶっている、オバケの皮は何なのかなあ~

と☆



いろいろ利権・私利私欲・その奥の奥まで、

じーっと感じようとしてしまうワタシの性(サガ)なのか

テレビ番組見てるとツライことが多く。

さっさと電源を根本(リモコンじゃなくて、テレビのスイッチから)切っちゃうんですよね~♪


「繊細すぎるとはおもうんですけれどね・・・。テレビ見てると、アタマが痛くなっちゃって。」

と、以前、かかりつけのマッサージ師さんにもぼやいたら、

「もう、テレビおもしろくないもんねえ。

報道は偏ってるし。

それに、stap細胞の報道も、あれマッチポンプ(自分で火を着けて消してる、自作自演)だし。

ひどいよねえ」


とバッサリ。

そう。周囲の働く方に、

「テレビはおもしろくない!」と一刀両断されることが多くて。

テレビ持ってない方も増えてる気が。




あくまで私の場合。

今のところ、大丈夫なのは、

NHK連続テレビ小説「花子とアン」とその後に続く、あさイチ。

あの、あさイチのアナウンサー・有働由美子アナを見るたびに

はあ~テレビの現場でがんばってらっしゃるプロだな! よっ現世女神!

と魚屋のおっちゃんみたく、声をかけたくなるワタシ。



ま、それでも

やっぱりお日様あびながら、日光浴して

静かな自分の時間を持ちながらこの世に自分のエネルギーや役割をどうやって還元していくかを

考えて。行動するのが好きだ。

やっぱり。

これから大変な時代が来る、見たことのない価値観の波が襲い。

きっぱりと、自分で選んで生きてきた人と

そうではなく、漫然と流されて生きてきた人が、

別れる時代が来る。と言われるし、

バリバリそれは肌身で感じるけれど。

怖がってても面白くないし。


それほど、真っ暗な未来でもないっしょ。

自分自身の闇と、真正面から静かにむかいあいつつも

それを自分と受け入れて

また第三の道を、オリジナルのアタラシイ道を探して試行錯誤していく。

とりあえず、やってみる。行動してみる。

そうやって、行きつく場所を探してる。


「テスト、テスト、テスト。この状況はテストだよ~♪」

なんだか、ヒステリックにわめく、波動と波長が聴こえてくる

テレビの報道を横目でみつつも

自分の内側からの声。


そう、どうやってこれから、この現代日本で生きていくか。何を自分が選んでいくか。

どう行動していくか。のテスト☆

が、いつだって、人生現場の今ここで試されてるんだもん☆


昨夜は、AMASANプロジェクトでも、新しい企画を予定していたのに

疲労が出て、眠ってしまった私。


これは仕切り直しの時期?


と、朝に、少しゆったり時間をかけて
入念に、自分のために、

日本の神様カード・神託カード・エンジェルカード・タロットを読み解く。

部屋着に、明るい色の服を選ぶ。


そして、午前中もさっそく、

部屋の掃除・洗濯。床の水拭き。クリスタルの日干しと自分の日干し。
甘いストロベリーのキャンドルなどを灯して、腹に気合☆


さあ、アカルイ未来に向かって行動していこう☆




足で太陽キャッチ!ごっこ♪(笑)
庭でねっころがって、体を日干しやってます☆



































2014年5月15日木曜日

星よみにゃう☆







おりしも本日、さそり座の満月♪


もともと、小さいころから
「満月」好きだったわたしです。


月がきれいー!きれいーーー!


って。とある夜、自宅への帰り道、
小学生のころに友達に騒いだら。

トモダチが、私の言うことが
あまりにうるさかったのか、

「あの信号機の光の方がきれいだよ!」と

あきれて、怒り?とともに、
点滅する緑いろのライトを示された記憶が・・・(^_^;)


まあ、その時に

「どうやら、あんまり私が言うことって
伝わりにくいし、メジャーじゃないんだなあ・・・」


とちっとばかし、傷ついて。
隠したり、言わないようにしてきた気もします。

でもね。
30にもなって
もう、やっぱり

自分が、いい!って

腹の底から感じるものは

じゃあどう「いい!」のか。
自分ができる範囲内で駆使して全力で
伝えてみようじゃないか。
生き切ってみようじゃないか♪

と決意したのです。もう、他人様を自分の舞台の中心にあげてる場合じゃないだろー!!

てね。






さて、そんなこんなで。


星を読んでおります。

占星術を習い初めまして、

今は修行中の身☆

ずっと☆のことを考えていると


妙に空のことが気になり、

月と太陽はいつも見上げては

はあ~♡

と恋する気分に浸ったり♪


月と太陽があれば、一気に幸せ気分MAX!


なので・・・これはなかなか

幸せハードル下げてて。有効です♪


だんだん、イロイロと自分自身もわかってきて、


おおお。

こ・れ・が、魔女修行みたいなもの?

ハリーポッターの魔法学校みたいな感じ?

あのローブを着て、杖を得て

習得中の気分~♪

と、鏡を見ながら、にんまり☆ しつつ。



だが。


現代の巫女というか、魔女は、


ジーンズ来て、ipodの曲を聴きながら、

フローリング床の部屋で、NECのノートパソコンに向かって

地味~にくらーくひとりで(笑)、キーボードに指をカチャカチャ走らせる日々。


昨夜はついに、PC画面見過ぎて

目の奥が痛くなって、ベッドへ。

首もこりすぎちゃうし、ついつい

やりすぎちゃうとあかんです。

50分に10分は休憩を☆

ストレッチを☆

緑と空を見て、気分転換と体全体に

血と酸素と風と水をめぐらせて、いい気も送り込んで、

また。光にむかってびかーっと☆

言葉を出していく体力仕事だにゃ~


ま、れんしゅう、れんしゅう☆






さてさて。


若田光一さんが、宇宙から帰還されましたね♪


若田さん、いつもにこにこ、無重力状態だから宇宙船の中での映像は

ムーンフェイス(丸顔)で

それもなんだか、親近感が・・・


彼の話す英語はとても安定感と安心感があって

聞いていて、こちらの土台までどっしりとしてくる気が・・・♡



とにかく、歯をくいしばって!

耐えて!

ザ☆努力!

・・・という、ひと昔前の感じではなくて、

ほわ。っとした雰囲気、ソフトパワーで、

まさに「和」の心で 船長を務められていたのだなあ・・・と。しみじみ☆ 

感じ入っていました。

私も生きている間に、宇宙に飛びたいな♪

飛ぶぞ♡














☆AMASANブログ更新♪

光と光のコミュニケーション♪ : http://amasansan2014.blog.fc2.com/blog-entry-24.html








2014年5月14日水曜日

夢が教えてくれる


「己にとっての、過去のもの、すべてを、ひとつ・ひとつ、

ていねいに並べ替え いとおしみ 愛せば

未来に やるべきものは やってくる。

豊かさを受け取れる。」



今日の昼間。


予定外の昼寝をしてしまって、
うつらうつらしていて、
夢と現の間をただよっていたら、
こんな言葉がやってきた。


ドキッとした。お告げだ。

いや、昔からうすうすと気づいていたことが
やっとハッキリやってきた。と。


*******************





両親との戦闘態勢が終わり。

自分の体がガチガチ固まっていた
生存本能のための
サバイバル態勢が終わり、

哀しみが。やりのこしたものが。
今日のお昼に。

夢になってやってきた。



最近の私の夢は
自分で言うのもなんだけれど、
妙に、神がかってる(笑)

冴えてる。
サイキック・・・・

お告げみたいで、、
あるいは昼間に見たもの
触れたもの。出会った人の念が
気づかなかった分野が、
バン!と
夢になって出てくる。

20代前半、産まれて初めてカナダにホームステイしたとき、
毎晩毎晩
鮮やかすぎる夢に驚いたものだけれど

あの時を思い出す。
わたしは、海外に行くと、非常に冴えるのだ。
どこか本能を聴く聴覚が目覚めるのか
研ぎ澄まされるらしい。

なんとなく日本で
「ソレ」を前面に出していくと
叩かれる。
外れる。
誤解されるようだ。

と学習していて、隠して生きてきたけれど。


今更ながら、こんなに引き取りやすくて
受け取りやすくて、
敏感体質だったのかあ。

と、やっと受け入れられた始末。


そうしたら、現実的に、
対処の仕方もある。工夫していける。

この力の生かし方も考えられる。



「敏感体質を巫女体質に!」

本来だったらこの4月にあったはずの、starbowさんのイベントの
タイトルコピーが浮かぶ。

そう、この現代日本を生きていて、共感力も高く
やさしくて、相手のことを思いやって賢くて・・・

そんな女性は、敏感体質、だけれど
現代の現場の巫女でもあって。

天使でもあり天女でもあり女神でもある。

それは、わたしだけのことではなくて。



ひきとりやすい。と気づいてからは。

お風呂に入るたびに、両足の裏に天然塩をもみこんで洗ってみたり☆
さとみさん ( http://ameblo.jp/sat16min/  )に教えてもらった足のうらもみもみをやってみたり。








本日。沖縄の離島で、働くにあたって、国民保険を脱退し、
国民年金の払い込み停止をするために
区役所に行こうと
思っていた。


役所は苦手だ。
銀行関係も苦手(笑)

うつ病の時、
休職の書類も、保険所にいくのも、役所にいくのも
その事務書類ひとつひとつが、まるで
両手両足に鉛のおもりをつけられるぐらいに苦行だった。

一文読むのも、欄に書くのも
まるで溶解していくような苦痛なのに
お金の計算と心配なんて、つらすぎる・・・

そのトラウマがあるのか、
今でもサクサクと役所関係・銀行関係は後回しになってしまう。
現実面の一歩一歩が苦手。
リアリストになって地に足をつけて行動していくのが苦手。ついつい
はしょって、飛ばしたくなる・・・
こういうのを、グラウンディング(地に立つ)のが苦手。というらしい。



そして。役所に行く身支度も、持ち物も。バックパックも帽子も
玄関準備したというのに猛烈な眠気が襲ってきて
眠ってしまった。
最近の私はこれだ。午後に猛烈な眠気が襲ってきて。眠りにおちてしまう。



やるべき仕事、幸いに占星術を50名・無料で見ますと言ったら、
たくさんの人が集まってきて今、現在てんてこまい。
すこしでもパソコンに向かっていたいのに・・・

両親との関係は一区切りついたから、
あとは身の回りや、出発までお金がもつかどうか・・・

週末は占星術講座の続きがある。
友人との、アタラシイ、プロジェクトも進んでいる。






**********************************


夢の中で。

私の中の小人が
悲しんでいた。

私の中の小人は

英語の授業をやりたがっていた。
英語の教材。授業の展開。教えていた生徒。


しかし、『火山が噴火して爆発してしまったから』


だから、もう英語の授業は途中で終わってしまったという。

溶岩が流れてくるから・・・
避難してしまった。

少し
生徒が、取り残されて
それで、小人が、その後片付けをしている。

悲しみの色が
その世界を覆っていた。




・・・・火山の噴火によって
私の中の小人は、英語が教えられずに悲しんでいる・・・



・・・火山の噴火。は、要するに私自身がちゃぶ台返しで、

仕事をやめたことだ。


私の中の小人。はインナーチャイルドでもあり

まだ、「仕事現場にいたかった」「英語を教えたかった」部分だ。

その部分が悲しんでいる・・・

あたりまえだ。

結局、何も残せなかった・・・・


どういうふうに世間が

学期途中で退陣した教師に

向かってくるかは知っている。

入学式で、自分の子供を優先したら

インターネットで叩かれる時代。


一気に自分が「世間」「社会」というものから

放り出され、刃が向いた気がした。

私は反逆罪?


もちろん、そんなことはないけれど。

針のむしろにすわっている方に慣れた身にとっては

そうやって考える方が

自然となっていた。

そうすると、そのような反応を

結果的に相手からも引き出すことになる。

「被害者癖」が私にはついていたのだ。








自分の中の悲しみ。

ほんらいだったらいた場所の自分の死。

それに対して喪に服す。


そんなことを振り返っている余裕は

辞めた後のごたごたでは無かったから。



ノイローゼから最悪の状態に持っていかずに、

泣く前に戦うことが必要で

次に動く決断と行動しかやってこなかった。



やっと、悲しみがやってきた。

自分の内側から。








教え子たちの顔が浮かぶ。

私はもう、「センセイ」という肩書を外れた

単なる30の人間だ。

でも、彼ら・彼女らにとっては

教えていた時間の記憶の中では私は「先生」なのだ。




教え子のひとり、

他の子たちへの情報を流してくれる子に

連絡をとる。元気そうだ。

まだ、沖縄に行くとも、仕事を辞めたとも伝えていない。

そこにはまだ迷いがある。




それでも、黙って去っていこうとしていた自分にとっては

ひとつの進歩でした☆









【おしらせ】 AMASANブログにて、New Soul という曲をわたしなりの解釈で訳してみました 

        ↓ ↓

http://amasansan2014.blog.fc2.com/blog-entry-12.html  ☆





2014年5月13日火曜日

ブログを書くこと。文章を書くこと。





ブログを書きまくっている。とりつかれたように。

自分でもこれほどよく、
ネタも書くこともあるよなと思うのだが
ちゃんと向こうからやってきて降ってくるので

素直にそれをできる限り言葉に落としこんでいる。

そーかそーか
それほど、わたしは何か語りたいものを
黙っていたのか、

と超高速スピードで(当社比)キーボードをバチバチ打つのだが
(私はキーボードを叩く音がうるさい自覚がある。笑)
とにかく時間がない。

正直、まだ降りてくるものに対して、形をあたえていく、
スピード訓練が足りない。
文章を書くのだって、ひたすらの反復練習だ。
パタパタととにかく日々、ひとりでパソコンに向かって地道に時間をかけて
練習していくのみ。
すごく楽しいのだけれど
やっているのは、計算を早くするために
公文式のペーパードリルを大量に解いている感覚とそっくり。

ただ、違うのは、とにかくまあ、たのしいこと。(笑)
このためだったら、多少は苦労してもええかという状態であること。





CHO個人的なことを描きまくるとだんだん逆に
自分のちっぽけな自我がどうでもよくなって時々、
無我の境地に達する気がする。


ちいさいころからこれはあったが、
作文書いてるときに
「おー神が降りてきてる!」という
ようなひらめきがあるときがあって、
それは後から自分でも読み返すと、

へーおもしろいねえ。すごいねえ。(で、誰が書いたのかにゃん☆これ?)

という他人行儀になる。
ということを、内田樹せんせも書いてたので、あ、別に
自分だけがヘンじゃなかったんだ、と胸をなでおろしたのは昔。

またそれと自分が行動していくことの繰り返しで
ガンガン見えてくるもんがあるので
計算と言うものをしなくなってきた。


それから、だんだん物言いが
遠回しなのがイヤになってきて、

最後に必ず

「~と感じる」「~と思う」

とつけてたのだけれど、
もっと単純に!
シンプルに!
短文で!

短く!

伝わりやすく、わかりやすく!

とばかり考えていたら、
だんだん自分で書いたのか?これ?

というような自信にあふれつつも誰がかいたのこれ?
いや自分が書いたけれど自分が書いたのではない文章

というのがいつのまにか出来上がっていたりする。
特に、現代の世の中は便利で
ブログには自動更新機能というのがついているから

サクサクと先に更新予定のものを書いていると
あら不思議、

どんどん未来の自分と読者が読んでいるであろう
文章を想定していて
だんだんと進化・変わっていくのだ。






ボキャブラリーは貧困だし
文章は下手だし

長いし
どうしてもまわりくどくなるし
なんだか最後には
何が言いたかったのかわからなくなるし
話が飛ぶし

比喩の描写もまだまだ足りないし、

というのはよくわかっている。

のだが、それを越えて
熱量や情熱は届くもので、

きちんとそれなりにエネルギーを出し切って
人生現場を生き切ったものを
下手に小細工で脚色したり
演出せずとも

バンと出すと
アクセス数も自動的にその記事は上がるのだから
この世と人生は。おもしろい。


ブログとか他の人に見られる文章を書くときにどうしても、アタマでこうやったらきれいにまとまるとか、こうしたらいいんじゃないかとか考えちゃうんだけれど、そうするとどうも、伝わる迫力も力強さもなくなる。それに、なによりも、自分自身と、
読む人の人生現場に役立たなくなる。なんだかまるめこまれて、変化の突破口がひらかない。

という生き方になっていたので
そうなってるのだが。


そうすると不思議なもので
他の人の文章も読んでいて

「こりゃここでブレーキかけただろ」
「ここでギアを人為的にかけてるな」

というのも気づきだす。という
恐ろしい現象というか、これを自分で望んでたんだけれど
どんどん視界がクリアになってくる状態。(笑)


作家・よしもとばなな氏が
ダライ・ラマとの講演で、

小説を書くときは感情を排除します。
感情を込めると、読者が入り込む余地が無くなるので。

と言っていたのがいじみじくも思い出す。



自分のひらめきとか
核とかは、
一番最初に0.01秒ぐらいの電光石火で来るのだが
それは、すごくやわらかくて小さくて
おそらくその通りに行動したら

「なんで!!?」って混乱する人が最低10人ぐらいは
浮かぶような解答だったりするのだが

まあもうそれはいいのだ。
周囲の人生なのではなく自分の人生であって
やはり、私は

最初のひらめきの、ばっと降りてきた答えを
生きていくのを選んだのだから。




アタマで操作せずに
ハートが喜ぶような文章を書こう。

読んだ人が、違和感や嫌悪感を感じることも
これから多くなるかもしれないが

けれども、それは
もっと大きな変容とか変化とか
確実にこれからの時代に必要なものだという
確信があるから。私個人の、

自分のエゴとか意図の話じゃなくて。


それが、強烈に必要だと思う人に愛してもらえばいいし
別に違うと思ったら、違うものを選んでもらえばいい。

そう思えるようになった今の自分を、しあわせに、
ありがたくにおもうのだ。












※写真素材 free stocker様   http://free.stocker.jp/ 

(海外の写真がたくさんあります♪)