2014年10月7日火曜日

All is full of love (すべては愛で満たされている)


All is full of love


歌詞と和訳はこちらから →  http://momochiyo.exblog.jp/10933039

「あなたは、愛されてるんだよ」

とは、よく言われたものの

正直言って、はて。そうなんかいな?

と疑問に思うことも多かったのですが

(今だって、苦しいときは、ほんとかよ~!?(-_-メ)と

天をあおぐことばかり・・・)


でも、やはし

他の人から相談されると

そう思うんですよね。


私は、教師をやってたこともあって

他人にアドバイスするのに

慣れてるけど

じゃ、自分は?

・・・という、紺屋の白袴、

医者の不養生のところがあって・・・


要するに、他人のことはよく見える。のですね。笑


それでも、

他の人にアドバイスしながら

同時に自分のことは自分の問題として

さばいていく。

というスタイルが、できてしまっているし、

結局、アドバイスしていくことで

色々と回って行ったり、

いつのまにか

自分の悩みや絡まっていた糸が

ほぐれたりするんですよね・・・



なので、自分の計画通りに

悩みは解消しないので(笑)


とにかく、

来た球を拾ったり打ちながら

ゴミ拾いも

部屋の片づけもやっている。

そんな気分です。


まあ、それでええか。


準備できるところから、

手の付けやすいところから

そろえて行って、

時が来れば、

さーっとつながったり、


一気に分かったり、

抜けたりするので。


できるところから、ひとつずつ。

いいイメージを描きながら。


ですね☆















連想日記


電照菊 かりゆし58





ぼろぼろと最近考えていることや
思い出していることを、

脈絡もなく、天声人語(笑)のごとく
飛躍と連想しながら、たれながしてみます。



結論が出ていなかったり、まだ行動しきっていないことも
中途半端な棚上げ状態も
次に未来にどうなることもわからないことだらけだけど
その経過を書いてみます。




10月に入って、お休みをいただいて旅行してきました~

旅先で、目の前のことに必死になって
普段の日常生活での役割分担から離れて、
垢や、自分の思い込みが
抜けていくのは、何にも代えがたいカタルシスですね~


実際にこの電照菊を見てきました。
美しかった!
このPVに写っている風景ばかりを旅してきたので
なんだか、不思議な気分ですね。

(電照菊(でんしょうぎく)って、何度も聞いたことが
あるぞ~!)と思って調べたら
地元の、愛知の名物でした。




沖縄やこちらに来たばかりの時は
まだ、ここに自分は属していないし、
違和感や、はじかれている気分だったのですが
すんなりと、溶け込み始めている自分がいます。


そして、
旅と休息は欠かせないと痛感しました。
夏から、「文章が、読めない・書けない」と延々と
悩んでいたのですが。
これは働きすぎだな・・・と。
どんどん視野が近くなっていって
なんだか、「即」「すぐ」答えと反応が欲しくなってる自分がいて。
人生は、クリックして進むパソコンの画面の
世界じゃないのに、それも忘れてしまう・・・

客室清掃の仕事をしていても、
感じるのは、

生きているってのは、
手順を踏む、ということなのだな、と。

ベッドを一つ整える、ベッドメイクするにしても。

シーツを広げる。
整える。
入れ込む。
上から、下から。
そして、掛け布団を広げる。
枕を置く
整える、
ひっぱる・・・


そのひとつひとつを
この両手や体や足を使って
動かしてやっていくことなのだ、ということ。

(これは、最近、読んだ
よしもとばななさんの小説「まぼろしハワイ」にもあった。

幼くして両親を交通事故で無くした、姉弟の話(「姉さんと僕」)で。
姉が、弟に語るのだ。

生きてるってね、洗濯をしたり、
手順を踏むことなのね、って。)


まどろっこしいようで、

脳内で考えてたら一瞬で
できたり、想像しているようでも、
実際に現実で
目の前のゴミを拾ったり
片づけたり
していくことなんだ、と。

トイレの便器にしゃがみこんだり、
浴室のカビを取ったり、
そういう
手を動かしていくことなんだなあ、と。


**********

この頃、夜明け近くになると
メッセージ性の強い、強烈な夢ばかり見て、
ギョッとすることが多いです。

今朝も、

死刑判決になる人(人形っぽいもの)を、自分が代わりに罰する。
そして自分(すごく幼くて、若い女の子)が、文章で、
(ジャーナリスト的な)その判決を知らしめる、stopさせる、伝える・おしえる役割?

を持っていて。
(マララさん的な?)



また分析や夢ヒーリングは後日受けるにしても。



自分の心情を言葉にしていくこと。
それは、時にとてもリスキーなことにもなる。




母や自分の親との葛藤を
他人に伝えて
また分かってもらおうとするのは難しい。

分かってもらえなくてもいいのだけれど
ただ、自分の中で
冷静になったり
ニュートラルになったりする地点が
見えなくなる

パニックになるのが
怖い。

地の底にひきずられそうになったり、
覆いかぶさって
窒息するかのような気分になる。

ここまで上がってきたり、
じわじわと、自分なりに
組み立てた生活や
思考法や
流し方や、
受け答え方があるのに
それが、一気に崩壊する気分になるからだ。


そして、勇気を出して
身を引き起こしながら
思うのは、

「私はこれほどアナタによって傷ついたのだ!」と
いう応酬のサイクルの中に居ては、
何も変わらない。
ということ。

底なしの、泥沼の中で足を引っ張り合うようなものだ。


・母がしんどい
・毒になる親

そんな本も、
「こういう思いをしているのは、私ひとりじゃないし
襲ってくる恐怖や、怒りや恨みを、
また、昇華したり整理しながら
自分の人生を歩んでいる人がいるのだ」と
よく、開くものの。


やはり、

行動していくこと。

自分の自立や
自分を自分で大事にすることを

同時並行しながら
やっていくのだな、と。





母は、まだ私に手紙を時々送ってくるのだが、
その内容は、

「(あなたのことは恥だから)
あなたが、今どこで何をしているかは、
親戚や、祖母(母の母)や、私の友人には言えない。つらい。」

という内容だ。


もう、そんなことを
伝えてほしくないのに。

そういう手紙は
身体レベルで、
ギュッと私を暗闇に突き落す。一瞬で。

電話をしても、その血や親戚同士の幼稚な揉め事に
私を巻き込んで
引きずり戻そうとする圧力を感じて
慌てて切った。



それでも、ここ4か月で
必死で築いてきたものが
一瞬で、また引き戻されそうで
目の前が真っ暗になった。


さまざまな
経験をしながら、


親の病的な、私への寂しさや、執着心。
それを、
相手にしなくていい。



と、やっと気づくことができた。


「必ず、毎日メールしてちょうだい」
「友達と、いつも、携帯で送り合ってるじゃない。
私(母親)にだって、メールできるでしょ?」


と言っていた母。

「自分たちが死んでるかもしれないから、倒れているかもしれないから」

と、常に、両親は
自分たちが
「死んだら」「病気になったら」という
可能性を突き付けては
私に、連絡を取らせるようにしてきた。

冗談めかして言えばいいのだが、
いつだって隙のない真剣で
逼迫した雰囲気なのだ。


だが、ハッと気づいたのだが、

そんな脅迫めいた関係で、
心が安らいだり安心できるわけがない。

もう、自分たちの寂しさは
自分たちで学んで、気づいて埋めてください。

と、思えるようになった。




だからといって、

両親の元を離れたら、

自分の理想通りの行動ができているか、と言ったら
もちろん、そうでもない。


実家にいたときに、

うまく逃げていたり、すり抜けていた部分を
今、学んでいるし
向き合っているのだ、

と感じる。


自分自身や、
状況が進まなくて
周囲の環境に、イライラしていても、

結局、今までやってきていなかった部分だったり。
「できるでしょ?」と
思い込んでて、

人生現場で今までやってこなかったことだったり。

ああ~この年(31)で、

「こんなこと」に戸惑っていたり、
できない、って恥ずかしい姿を見せるのは
カッコ悪いなあ~


と自意識との葛藤の連続なんだけれど、
結局それを気にしているのも

実は自分だけなのだなあ・・・と


気付く。





私が今年の4月に、
仕事を辞める前、1週間ほど、(両親には言わず)仕事を休んでいた。

その後、両親に休んでいることを言ったのだが、

その時に、父は私に仕事へのアドバイスをした。

次の日、相談しながら、一見うまくいったかのように見えた。


けれども、現実や
仕事の流れの方が、
もう私のカラダよりも上滑りしていって、
私のカラダが、スキー場の下り坂で、

取り残されて、足だけ
勝手に流されていくような気分になったのを思い出した。


ああ、私は両親の製品なんだな、と思ったのだ。
ポンコツで、修理しながら
両親が手をメンテナンスを手に入れていないと
私は、動いていかないもの。

もう、そんなのはやってられない。
いやだ、と。身体が選んでいた。



両親に、その夜

「仕事を辞めた」と報告した時、

父がいきなり泣き出して、

私の方が、冷静になってしまった。


「なんだ、結局、父は自分の方が可愛いのか」と。


泣きだした父を見て、母も私を責めた。

「あんな父は初めて見た、あんたが悪い」と。


結局、両親は
私がどう感じるかよりも
自分たちが、一番かわいいし、
自分たちが、どう感じているかが
一番大事なのだな。

と気づいた。


ああ、両親はもう。
何も私にとって
役に立たないし、
これ以上、関わっても
何も産みださないな。



と、その時にパサッと改めて自分の中で
決断の音がした。


遅い親離れ、ですな。




そうやって
(自分の中では)ギリギリのラインを
決断していくことで

毎回、ググッと世界が広がっているのに
気付いている自分がいる。






新しいことに飛び込んでいこうとするとき
そういう恐怖とか
自分の中の不安が

もたげてきて

今いる場所に
いつまでも、
ズルズルととどまりたくなる。


どうせ、うまくいかないよ。
そんなの、怖いよ
無理だよ。

疲れるだけだよ。
これ以上、つかれること、
しんどいことして、何になるの?
やめておこうよ。



そんな声が聴こえてきて、

ずっと足踏みをしたくなるのだけれど。


なんとかして
相談したり
言葉にしたり
できるところから
片づけて行って。

休みながらでも
時に、逃げてしまっても
また戻ってきて




やっぱり、進みたいし
自分を
変えていこうと思うのだ。





ワケありの人生
大変な人生
と言うけれど、
ワケナシの人生、というのも


この世には無いよね、

とも、ね。









安室奈美恵ちゃん Don't wanna cry

10代、中学生まっただなかに流行ってたのですが
あのころの、ヒリヒリした毎日にぴったりだったんですよね~




























2014年9月13日土曜日

下田美咲ちゃんに注目しています。



小浜島とは全く関係ない話もたまには。
ネットを駆使してどこでも情報収集できる、良き時代になりましたのう。
この死ぬほど忙しかった夏休みに、地味に集まっていた内容を。




下田美咲ちゃんがいいです。


( 公式ブログ: http://ameblo.jp/shimodamisaki/ 

 公式動画チャンネル: https://www.youtube.com/user/shimodamisaki )

を、ふとしたきっかけで知ったのだが、

彼女はすごい!

この若さで、この現代社会のネットや動画を駆使して、

どどんと登場している魂。

この若さ(25)で、腹が据わってて、

こりゃ、インターネットが無かったらこういう活動の仕方は

できなかったよね~

と・・・


ブログ読んでても、文章やアタマよいなあ~と。

とにかく行動の人とゆーのがよく伝わってきます。

そして、このルックスと、ハスキーボイスがまたいいですね。

注目株!♡

ぜひ、チェックしてみてください♪

↓ ↓ 


下田美咲 オフィシャルサイト 株式会社ミサキ式 









2014年9月8日月曜日

打たれ弱いわたし


黄金の花 ネーネーズ



沖縄本島出身の同僚(友人)が好き、と教えてくれた曲です。
聴いていると泣けるんですよね・・・

いろいろと。

黄金(お金・資本主義)に魂を売らないでね。

というメッセージがこめられているようで・・・




いつもの仕事の帰り道からの定点観測。

サバンナの中に生えている木のようだなあ、と想像してしまいます(笑)





さて、この夏もイロイロあり。

ちょっくらこっちのAMASANブログでも、書きました☆ → http://amasansan2014.blog.fc2.com/blog-entry-71.html



そして。
しみじみと、

打たれ弱いのだなあ。

私は。と気づきました。




自立。が、

今の私のキーワードです。

・精神的自立
と
・経済的自立。


の両輪です。










森山良子 さとうきび畑


この曲を、小浜島の一面さとうきび畑を歩いていると

おもわず口ずさんでしまいます。

森山親子のCDを、偶然石垣島の図書館で借りました。
(歌い方と、持ってる世界観の奥行そっくり!)

沖縄の音楽は、本当に独特です。文化も歴史も・・・




あれほど、名古屋で暮らしていた時に

恋焦がれて、ほしくてほしかった、空と海、

沖縄の広い景色が今ここにあって

あたりまえのように、目の前にある。


そういうあたりまえのことが、自然すぎて忘れてしまいそうになるのです。


そして、このスピリチュアルも人間関係も
自然も風土も・・・暑さも、太陽も

何もかもが濃厚な中で
また自分自身の輪郭も光も影も

くっきりと照らし出されているようです。

それは厳しく、時に残酷なほど。

それでも、これが私が望んで、選んだこと。

誰かの他のせいにしたくもないし

結果は自分ですっきりひきとって生きたい・・・





こういうことを、大自然を目の前に考えられるのは

自分の内側に、

ぎゅっと、集中できるのは

幸せなこと、かもしれませんね。

というか、しあわせなんでしょうね(笑)

時々、渦中にいるとグチも言いたくなるけれど・・・(笑)


ゆっくり

ぼちぼち

いけばいいよね。



















2014年8月6日水曜日

目覚め続けていたい。





目覚め続けていたい。

と思う。

それこそが、求めていることだと感じる。



自分がとらわれ続けてきていた、
思い込みや、この世界は
こんなものだ。
自分の限界はこんなもんだ。
どうせ・・・

という考えから、

「あ、そうじゃなかった」
「こんなに、世界は広かった」
「こんなに、世界はやさしかった」
「これほど、人は私は、可能性があった」

と気づく瞬間が好きだ。

思い込みから解き放たれる。
それは、空を飛び、天を舞うような快感と瞬間だ。


例えるならば、飛行機が重力から
加速して、離陸する瞬間。
あの、翼が空に向かって小さくなっているのを
見るだけで、涙が出る。

だから、飛行機が好きだ。
飛行場が好きだ。

そして、海外に行くのも好きだ。
旅も好きだ。

自分が遠くから見られるから。
自分の思い込みが、
実はとても狭かったり、何も知らなかったことがわかるから。






この地球上に産まれて

やってきた、
自分の魂との約束。

それってなんだっけ・・・?




この問いに、すぐに答えは
やってきた。

いや、このところのすべての流れも
そして、やってきたことが
この問いを待っていたかのように、
つながった。



名古屋で実家でもがきまくって
我流なりに、探し求めてきたことが
クリスタルヒーリングも、
本も、教壇に立ったことも。
親との葛藤も。



つながった。

天から光を地におろし
それを地に結びつけること。

その光を、一人でも多くの人にシェアし続けていくこと。

JOY(喜び)と愛をベースとして、
光の使い手となること。

そうやって気づいて
ちょっと笑えた。
一人っきりで。

なんて大きいテーマなんだ。

そして、人によっては過激すぎるだろう。
あるいは、特攻隊のような
激しい突き動き方なのだろう。
周囲からすれば。




でも、それが
そのイメージが。

どんなに逃げたり
嫌がっても
繰り返し出てくる。
そうしたい
そうしなければ死ぬに、
死にきれない。

そんな焼けつくような思い。
時代も、
状況も、肩書も
バックグラウンドも
全て関係なく
やってくる。自分の性(さが)や衝動。

そこに答えはすでにあって
それにできるだけ
忠実に
素直になっていけばいいんだ。

答えはすでに
自分の中にあるんだ。







その役割を
腹を決めて
受け入れていく時なのだな、と
静かな心持で感じられた。


祈りのような心境。
静謐な清められた
神社で祈り続けているような、内面の静寂がやってきた。




言い換えるならば。

言葉の使い手としての自覚を持ち
智恵と知識を

ひとりでも多くの人に、伝えていく。
バトンをつないでいくことを
工夫を続けること。





那覇の旅行で、
伝統の踊り・エイサーを見た。
なぜか、涙が出た。

泣ける自分に
あまりに動揺して、
友人といたのに。
とっさに隠してしまった。
その湧きあがった、感情の激しさを。


エイサーは、

「なにか。」
を、

地に下ろしていく
魂鎮めの舞だと、直感的に感じた。

同時に祓い、
そして、次の世代にも、
つないでいく。


躍動と、そこにある孤独。

人はいつか死ぬという思いと
それでも、その魂はなぐさめられる。
大きな物語の中で
しっかりと、放り出されることは無い
この南の地の元で。




踊り手は、
死者と生者の中間に立つものとなり、
間をつなぐ。


これは、日本の伝統芸能・お能でも同じこと。



沖縄に暮らしていると感じる。

ああ、なんて日本は
大事な部分を
根っこを切って分断してしまったのだ戦後に。と。


どれだけ、
「感情」や「感じること」を切り捨ててしまい、
ましては、「なんとなく」感じること、
細やかさや想いさえも、
地面と切り離すことこそが
価値があるという刷り込みを。

ばらまいてきたのだろう、と。






沖縄では、どこに行っても、
これでもかというぐらいに、
シーサーがある。


むっとするぐらいの、スピリチュアルの濃度。
スピリチュアルという言い方も、ラベルも
どうでもよくなるぐらいの、熱気、太陽と空。海。
ただただ、自然があって。
どんどん境界線も混ざり合って
溶け合って、

自分もざっくりになっていく。





自分が高度成長期の申し子みたいな
家と地域育ちだったせいもあるだろう。
一応の文京区に育ったが、
そこでの、良いものと悪いものも
たくさん見たのだ。体験できたのだ。

気づかぬ間に。と、わかる。







目覚め続けたい。
変わり続けたい。

遠くに、遠くに。


この過激すぎるぐらいの
内側からの欲望に

どんどん素直になっていこうと思う☆






私の写真撮影:  Sちゃん。感謝☆  http://iconosquare.com/satoco217

お店: 那覇 C&C Breakfast にて  http://www.ccbokinawa.com/