2014年4月20日日曜日

「毒になる親」を読む




「毒親」と言う言葉がちらほら聞こえてきている昨今だが、
私は、その手の本がずっと読めないでいた。

まず、「『毒』親」という言葉が強烈すぎる。
まあ、まさしく「親の幼い言動から、汚染され続けてきた」というのは
正しい感覚だけれど
そこまでいくと、手に取れなくなる自分がいた。


そして、読むたびに、自分自身の辛い体験や記憶がリンクしてよみがえり、
フラッシュバックをひきおこしたからだ。


そしてそれに伴う身体反応・・・

頭痛、めまい、胸の痛み。
そこから連鎖する恐怖感・・・


ああ、また。

もう、起き上がれなくなる、
また明日から暗い穴倉にいるみたいな日々が始まる、
身体が動かなくなる、
なにかおそろしいものから、逃れられなくなる・・・

そんな自分の内側から湧き上がる感情が止められなくなり、
刹那的で、破滅的・破壊的な行動を
とってしまう、と。


だが、先日やっと手に取ることができた。
熱田神宮に行って、ついに自腹で、
お祓い(笑)を受けたのがよかったのかもしれない。


第一章は、細かい事例。
第二章は、そしてこれから、どう生きていくか。

やはり、第一章は、読み進めるのが辛かった。

具体的な事例は、

自分自身の忘れていた感情や、
幼いころに、
本当はこうやって傷ついていたんだ。
親に、こやってほしかったんだ。
あれほど、混乱していることも気づかないほど混乱していたんだ。
私は、親代わりを、幼い反応をする親にしていたんだ。
両親の仲や、灰汁を
私が吸い取らなければならない、
この家の空気のバランスは私が取らなければ
崩壊してしまうんだ。



という張り詰めた瞬間瞬間を、

己の傷口を確認していく作業のようだったから。

でも、同時に素早く、手当もついてくる文章だった。

単に、親が子供に押しつけているだけなのだ、ということ。
自分で本来自分を癒し、直し、そして自分の感情と行動の責任は
すべて自分でとるのが大人なのに

その後処理も、投げっぱなしにしていた
という、私が幼かった頃の両親。

社会的には、私の親は、後ろ指をさされない立場にあった。

戦後の高度成長期に、のった製造業の会社で、同期でno.1の出世頭だった役付きの、父。
結婚前は小学校の先生をしていた、お嬢様育ちの専業主婦の、母。
一応、文京区といわれる地区に庭付き一戸建てで育ったひとりっこのワタシ。

まさに「絵に描いたような戦後の理想を体現した、家族」

ではあった、外から見たら。

だからこそ、幼い私自身は
この家族像を壊してはならないと
ひとりで、請け負っていたのだな。
両親のバランスを。

ともわかる。




読みながら、目からウロコが落ちた。


自分が異常な頑張りや

身体感覚を放り出してまで
何かをつきつめてやらなければ
他人にgiveしなければ
存在価値がないとまで
思い詰めてしまうこの考え方。

相手の考え方や生き方が、

我慢したり、助けてと(言葉にしないで)いっているからこそ
私がいてあげなければ「ならない」。

そして、たすけてあげなければ「ならない」。
その歪みをなおしてあげなければ「ならない」。
指摘してあげなければ「ならない」。

そう思って来た。

なぜなら、まいマザーが、かつて。そう言ったからだ、
36歳年下の私に向かって。(笑)

「おかあさんが、どこが悪いのか、教えてくれないなんて
あんたは、いじわるな娘だ」と。






今でも、私が、

「海外に将来は行く」という話をすると、

母は絶叫する。「そんなの、困る!」と。

それは、
「こんなにさびしくて、くるしい私を置いて、
娘のあんたは行ってしまうのか、
なんて、ひどい、親不孝な娘なんだ!」

と、私の罪悪感に訴えかけて引き留めようとしているのだろう。


恋人に対して、

「こんなに私を苦しめて、悩ませているなんて
あなたはなんて、ひどい恋人なんだ!」

と絶叫しながら憐みをさそっているようなもの・・・


それはそれ、母が大人として自分の感情に対応する問題なのだ。
ひとりの人間として。

そして、私は、

自分自身が大きな仕事が来た時、
自分が望んでいた豊かさや、
安心感や、愛や、平和や、光がきたときに


それを恐れずに
こばまずに
受け取ることが
今できるのだろうか?

と自問自答すると

できてないな。
怖がってたし
逃げていた。
拒絶していたな。

と気づく。

自分にはそれはふさわしくないし
居心地が悪く感じてしまうのだ。


今まで、目の前に
たとえば、理想の人が現れていたとしても

一生懸命、何か思いを寄せてくれていたとしても。

見えていなかったのではないか?
感じられていなかったのではないだろうか?

わたしは。






私は、おだやかで、
大人として

尊重し合う、恋愛関係や
家族関係が、わからなかったのだ。



大人と言うのは
困ったら
パニックを起こして
感情を爆発させる。

という対応しかみていなかったから

それは私も
今選んでしまっている癖がある。

とも気づく。






幼稚園のころから、
よく家族旅行に行った。


だが、
旅行先では恐怖ともいえない恐怖だった。
(当時は、それしかしらなかったから怖いというのもよくわかっていなかった)

両親は激しい感情のぶつけあいから、
喧嘩を必ず引き起こし、それは子供にとっては
逃れられない牢獄だった。



母が、慣れない土地や、土地の名前、
タイムスケジュールにパニックを起こし、

仕事が素早く、一を知れば、百をかけぬけるような
父が、「そんなことにわからないのか」と、
母に激怒する。

両親が口をきかなくなる。
父はホテルからいなくなる。勝手にいなくなる。
母は、またその口と父の悪口を
私に勢いよく吹き込む。

私は必ずといっていいほど、旅先で体調を壊した。
腹痛。熱。めまい。


それでも、いいときは当然あり、
家族仲良く過ごすこともあった。

それは、凪のようなもので、
必ずセットで、
嵐のような夫婦喧嘩と、
母からの大量の己の夫(私からすると父)の
グチと悪口の聞き役になっていた。

私はよくわからなかったし
黙っていた。

私がおとなくしていれば、家族は回ったし、
お勉強はよくできた方だったから
それでバランスはまあとれていた。

ものごころついたころから、
私は両親のカウンセラーとおもり役だったのだ。


おそらく、自分の怒りも、あるいは両親の不安定さも
自分の幼い体でうけとめなければならない、
と思っていたのだろう。

そんな、大きすぎる役割を負った
自分の中のコドモ(インナー・チャイルド)
を
ぎゅ~っと抱きしめてあげたくなった。

よくがんばったね。

と。







まだまだ
私のベースなり、土台の考え方に、

「親を混乱させてはいけない」

という行動指針があることに
この本を読んで気づいた。

結局、それは自分自身を

鳥かごの中に閉じ込めている。

それは、

・親よりも、結果をだしてはいけない

だとか

・親よりも自信を持ってはいけない

・親よりも幸せになってはいけない




・・・そんな、自分の中に自分でかけていた呪い。


今更、不幸自慢なんてしたくない。

自虐でネタにしたいのでもない。



ただ、素直になりたい。


自分の行動にも
感情にも
その結果にも

すべて自分で責任を持って

腹をきめて

生きて行きたいだけ。



自分の育ってきた
土台に、愛とか
平和な人間関係がないということは

わかっていて。


それは

どうしようもなく自分自身が
欠けたジグソーパズルのピースみたいな
欠陥品のようなものなんだ

と、
対処のわからなさから

自分自身の不完全さを責めてしまう癖もついていた。


だけれど、やっぱり


人って

それぞれ、自分をいやしたり

自分自身で答えをみつけたりする力を持っているし

それができるのだ、と。

あらためて、この本を読んで

勇気をもらい。


また、子供時代のわたし、

がんばっていたね。

大人顔負けの仕事をしていたんだね

って。


泣くことができたのでした。。




















2014年4月6日日曜日

コーチング と 「かわいい」は両立するのか?


答えは、YES

だろう(笑)

と、書いててわかった。ww






今までの自分の振る舞いに、

コーチング的な考え方や

フィロソフィー(哲学)

を組み込んでいるのだなー私。





コーチ、かかわる人の性差について

ちょっと考えてる。



つまり、コーチが男性か?

女性か?

どんな外見か?

どんな印象を与えるか?


によって変化すること。

ま、どんな仕事でも

(教師だろーが。学生だろうが。主婦だろうが)

年齢でも

誰でもそうなんだけれど・・・・





なんやかんや言って。

外から見た

己の身体、(顔も含む)

ってすごく実は、自分を表してるからなーと。



私の場合、

自分は外見から見て、オンナで、

自分が思っているよりも、判断も思考も

女体をベースにしていて

女性ホルモンにふりまわされている

気分でうつろいやすく、感情で

流れやすい生き物なのだなあ・・

と痛感する。(でもすぐ忘れる。笑)



アタマの中身は、すげー雄々しいこと考えてたり

(読む本も、どちらかといえば、硬い男性っぽい本好きだし)


実は、女の子にハートマークつけたりして

送りつけてホメまくる方が好きだよなあ、って

思うことも多々あるんだけど。

つまり、自分の身体的・社会的な性別と

自分の芯て

融通無碍、自由自在でいいんだよなーと。





日本が、ほこるkawaii文化

cute とも pretty とも違って、

そしてかつ、どこかで

男性への甘えや依存や

「お・ば・か・さ・ん」

が入ってるような「かわいい」

のニュアンスもある。

それが昔は、嫌いだった。



昔からのアイドルや、

AV(アダルトビデオね)

男性向けマンガを見てると

を見てると、何が

女性の記号としてウケているのか、

それに対して発情するように組み込まれてるか

というのを、実感するのだ。






私は高校時代、「かわいい」と口に

素直に出すことができなかった。

同級生が口にすると、

それ以外のボキャブラリーはないのか!

とイライラしてたし、

男への媚を売っているようで

嫌だったしなあ~。





コーチングの技術やデモをみながら

こりゃあ、悪用しようと思えば

私利私欲で

どこまでも、

行く危険性があるな、と見てて思った。

無意識を

ある程度操れるから。


まだこのあたりは模索中だにゃ~

ひとまず、奈良で撮ったバラ写真で締め ♡























大きすぎるものを孕んでしまった。~コーチング基礎講座~









即答できず

すぐに、結果が出ないものを

受胎した。

それは答えであり

問いであり。


そんな自分自身が

今、産み落とされようとしていて、

同時にその

己自身を産もうとしているかのよう。





入れ子構造のような

曼荼羅の中に

放り込まれたような。

・・・マンダラ、よくわかってないけど(笑)、

要するに未知なる

どでかいものに

また出会ったの。


謎はクリアになった分、

自分がやるべきことが
行動して変化していくべきことが

また大きくわかった。


ボキャブラリーの組み換え

言語感覚の組み換えが

今起こってて

感覚器官が

また変化(へんげ)をとげてる。



そんな感じ。



************:



ctiのコーチング基礎講座を、東京にて
3月28-30日、受けてきました。

hitoちゃんの紹介もあり、
-2万円ではあるが、、


3日間で

受講料6万円+往復交通費+現地での交通費と食費etc

で、パラサイトシングルの極致を極めながら
両親からの借金で回している私にとっては
まー気持ちに、余裕がない旅であった(笑)

しかし、6万円も出せば
人間、嫌がなんでも、何かをもぎとって帰る。(笑)

今回学んだことに

「自分の身の丈以上の買い物は、自分自身の変化と成長に必要」

ということ。(笑)

また、金銭感覚が刷新された。


お金を払うことで

そのお金以上の価値(と、私が感じるもの)を得て、

を手に入れること。そしてそれを自分自身に生かし

そして永続的に、私の命あるかぎり

周囲に還元してシェアしていくためのもの。

交換可能な価値=エネルギーとしての

お金が、

私にとっては

私自身の生き方でもあり

そして現実にそのまま生かしていくものなのだ。

この世が資本主義である以上、

お金を支払うことで、技術へも

アクセスできる。

能力とは、技術の集大成だ。







幸い、東京友達nanaちゃんの家に3泊もお邪魔したものの
経済的な余裕の無さと、
東京の人の多さにあてられ、

ついでに、課されたタスクのプレッシャーやら
二日目に宿題が出てたのに
その相手を見つけていなかった自分とか(実際、東京に行けば
なんとかなると思っていて、そしてなんとかなったのだけれど
やはしギリギリすぎる行動はあまりよくないなーとわかった。(あたりまえだ)


そして、受講仲間が

現場経験の責任者やマネージャーやら勤めてる

仕事ができつつも
人間的なバランスもよく、
そして、学ぶことにCHO素直な人たちだったことも

自分自身の自信の無さを
照らし出される結果となった。

とゆー風に、
周囲をキョロキョロおちつきなく
見渡して

それで、自分の立ち位置を考えるあたりが
私も日本人ですな・・・(笑)


初日、部屋に入った時に

ratingされなれている、値踏みされ慣れている

ボクシングのリングに上がることを許され

そのルールで戦うことを暗黙の了解としている

戦闘服としての

スーツ。

を隙無く着込んだ男性陣の参加者を見て、


・・・東京怖い。

ビビった。(笑)


洗練された、都会的なその外見は

確かに、東京の人も情報も

過剰に飛び交う中で、しっかりと鎧の役目を果たすのだろう。

その、戦場で

鎧をかすめる、風の音まで聞こえてくるようだった。

要するに、東京で、あるいはここまで来るような

男性が見ているものは、戦っているものは

大変なのだ。と肌身で感じて。


一方、女性陣の参加者は、尋ねてみると、

どんな仕事をしているのか、さっぱりわからなかった。

聞いてみると、人事での採用やコンサルタント、教育担当者。

あるいは、自分自身がコーチを受けた人。

さまざまなバックグラウンドを持つ人たち。


研修初日、私は元気いっぱいだった。

すでにわかること、

理論や背景を説明されると、バッと脳内でつながっていく

快感とひらめき。

しかし、どんどん、時間が経過していくにつれて

疲れて行った。

肉体的な疲労もあるだろう。

春という季節もあるだろう。

ビルの谷間から、高い建物しか見られない、

以前の記事にも書いた、東京と言う磁場の悪さもあるだろう。



しかし、それだけではない。

他の参加者の方にも最終日、言われた。


「右肩下がりに、元気が無くなってますね」


参加者の顔も、

服装も、

どんどんとゆるんでいって、

男性陣は、その中の女性性や

うけとめかたがどんどんと

伸びていく中、

私は、自分の中から産まれてくる

さまざまなせめぎあう力で

困っていた。

そして、それらを

統合できなくて、疲れていた。


その時は混乱していて、

なんだか逃げるように会場を後にしてしまった。


だが、その夜には、

疲れ切っていたもののワインを片手に

友人に話していた。

「おそらく、私は、今、産まれなおしている時期なのだと思う。」

陣痛で子宮から産まれるように、

外の世界に出ようとしているのだ、と。





地元に帰ってきて

日常が始まると、

また、よくようわかってきた。

今まで私が考えてきたこと。

今まで私が読んできた本。

今まで私が会いたかった人、直接学びたかった人。


それが、惑星直列のように並び始めて

人生現場でまさに生きようとしているのだ。


それらは、

他の人に言ったら、

浮いてしまう。

あるいは、それらを行動にうつせば、

今まで自分がいた場所から離れてしまう。

今、親しい、近しい人たちと

距離ができてしまうかもしれない

恐怖と寂しさ。



自分が、見下される

異端視される


そんな恐れで、

隠し続けてきたことだったり


やれなかったことだったり。


それらに今、ひらいていこうとしてる自分。



自らの

感情や

現実の仕事や

自分の人生をこそを

ネガティブな波動(感情の渦や、嫉妬や

足を引っ張ってくる思い)から守るために



自分自身をコーチングすること。

具体的に行動していくために。

瞬間瞬間での

覚悟

そのためにも

私は、東京に行ったのだな。


解釈も理解も、意味も物語も

ちゃんと、未来にわかってくる

後からついてくる。

だから、今、わからなくても大丈夫だ、

その物語のあらすじが。


****************




聖の世界(スピリチュアルワールド、神社空間etc)

も、

俗の世界(現実仕事・恋愛・人間関係・家族関係・友達・遊び・・・)も、

別々じゃない。

どちらへも、深く掘れば掘るほど、

つづいている。


この春の桜の花の塊を

見ながら

わかった


桜の花びらと、

仕事が別々なわけではなく、

つながっている。


そこには分離する

ものも、分けるものでもなく

花や

自然に接すると

すでにもう

わかっている

そこに体現されていると感じるものを

人は

追い求めているのではないだろうか。

言葉にするならば

真・善・美

本当のこと。

いのち

宇宙

光

あるいは、

影。


人によって、言い方は違えど

同じ方向を目指している。

理系と文系も、分けるのは意味不明で

どちらも同じ方向を目指している。

大学だって、
学問だって、


文学
哲学
物理学

すべて、

突き抜けてしまったものは

みんな同じことを言い出す。

何次元もの宇宙、大きいこと

各国の古代からの神話が同じ形式を持っていたり

神々の逸話にどこか

共通点があるのも。



************


地元にいながら、

私はある程度、

職場以外の世界を知っている気分でいた。

同じ職業の人よりも、

他の仕事をしている人と話している方が楽しかったし、

学ぶものもあった。


でも、基礎コースに行って、

東京で泊まって、改めて

私は、とんでもなく狭くて

小さい場所にいたのだな、と気づいた。

価値観がある一定の同じものを良しとしている。

そんな集団の中にいると

自ずと見えなくなるものがある。


職場の価値観スタンダードは、

世間の価値観スタンダードでも

世界の価値観スタンダードでもない。





そっか。

私は

あまりに、高い打ち上げロケットみたいに

わかって見えていた分、

理解されていなかったところが多かったのだな。

とも、わかった。



研修の中で、

私の直観(ひらめき)と比喩(たとえ)は

けっこう、現時点でも、いい線をついていたからだ。




いつも、大人が激する場所にいて

自ずとだまって

引いて観察する癖がついていた。

ただ、だまりすぎると

相手には肯定(YES)と受け取られるから

そうじゃないんだ


私の想いはこうなんだ。

と瞬時にさしはさんでいくのは

これからの練習だなあ。






これからがすべての

ゼロスタートなんだな

と感じる。



産まれる

孕む

変化する

そのくりかえしの

流れに

自覚的になれて、うれしい。





※写真はすべて、東京友達・けーにゃん撮影です♪ 感謝×∞


































2014年4月5日土曜日

新年度 1週間のつれづれ

新年度 1週間のつれづれ



※この記事は、一般的な教員の話、というより
あくまで私個人の考え方の話です。





先日、職員会議に生まれて初めて出た。


各部門からの報告で
書類が、
バンバン出していくので、
情報が一気に押し寄せて、情報処理以前にオーバーフローした。

なんか効率わるいなあ・・・

あと、これは内容、
オンライン上で事前にシェアできないのだろーか?
ママさんもいるんだし・・・ 


と思うのだが。

まあ、実際に顔を合わせることで
同僚同士の交流が良くも悪くもできているし
キャラクター把握もできているなあ、とも思う。



仕事の合間のムダ話って
実はすごく大事、って
思うものねー





で、話をもどして。

その時に伝えられた、
生徒の服装規定があまりに厳しくて
うーん、と

私が、げんなりしてしまった。

仕事は仕事なので、

教師の帽子をかぶってる私は
指摘するだろうけれど


人間としての私は
うーむ。迷い中。息苦しい。



まだ生徒を実際に会ってないので、
なんとも言えないけれど。



アパレルで働いていたころは、
原色を身に着けて、
濃いメイクをすることが求められて
(地味色だと、お客さんと見分けがつかないから)

その両極のような振り切れた場所である、
教育現場に来たら、
浮かないことが求められてる気がする。

いや、
誰も「浮くな」とは言葉で
いっていないのだが

この微妙なラインと圧を常に
感じる状態が、私は、嫌なのだ。

アパレルで働いたときに
痛感したのは
あたりまえだけれど

どんなに派手な服だろうが
メイクしてようが、

性格も仕事力も
全く別ということ。

ド派手だろうが、
仕事できる人もいるし
できない人もいるし

嫌なやつもいるし
いい人もいる。

そしてそこには
相関関係は無い。
あらゆる組み合わせがある。
そして、どんな組み合わせがあってもいい。

と私は思っているし、
何かこのような服を着ている人だから
こうだ、

という決めつけ方をしたくない
自分の受け入れる幅を
広げたい、といつも思っている。


なので、しみじみ
何着てようが、
その人の在り方とは、関係ないなあ
と。




もちろん、よく言われることで、

明るい色を着られる人は
どちらかといえば、
気持ちも状況も上向きのことが多いし、

暗い色を着ている人は
どちらかといえば、下がり気味。

とか、各色やカタチから読み解けば
それなりにメッセージはあるのだが、

まあ、服は突き詰めれば、
無くても生きていけるモノである。

それなりに己を
無意識のうちに縛ってるけれど
定期的に見直して
リセットしていきたいもの・・・・






私は個人的には週末には
網タイツを履きたいし
かわいくハーデーな、下着つけよう。

と改めて、
決意した(笑)
ま、単なるミーハー野郎ですが。








アパレルでバイトしてたこともあり、
服装とメイクについてはよく考えている。


考えている割に、
それほど技術があるわけでも
バリエーションがあるわけでもないが、

それでも、考えている。




まず、思うのは


教師同士の交渉やお願いごと
公式の場で、

自分が説得する必要がある場合、

スーツや、シックな格好をしていた方がいい。
保守的な格好をしていた方がいい。
胸元は開いていないもの、
黒・紺・白・ベージュ、灰色。
スーツの、形も昔からあるオーソドックスなもの。


ということだ。

これは保護者相手でも同じだろう。


保守的な価値観ベースに、
「安心できるか?信用できるか? 素直に自分の言うことを聴くか?」という
物差しで、こちらを、刻々とジャッジし続けられるから。



だからといって、
別にここで、相手の言うとおりに行動する必要もないが。
まずは、じっくりと、相手の話を聴くことと
それからお互いにすりあわせていくこと。


これは、敬語を丁寧に使って
ハッキリと語尾をしゃべり、
自分を低い場所に置き、
一歩一歩、交渉してゆくこと。






次に。

それほど、要(かなめ)の役割が求められない時。

一般的に、
(日本人を見てもそうかもしれないが、)
黒を着ている人が多い。

で、それが私はあまり好きではない。

白を好んで身に着けてるけれど、
まあ、暗い気分の時に
明るい色着てる人が、いてもいいじゃないか、

周囲も気分明るくなるし、と。
このところ、澄んだキレイな色、
年中、春色でやってる。

また、スタイルについては模索中。




***************




なんで、こういうことを
考えて書くか、かと言うと、

徹頭徹尾自分のため、でしかない。



溜め込むと自分の中で
飽和していくからだ。
言えないことが。
表現できないことが。



あと、自己流にすぎないけれど、

ある程度、他の人の服装を見ると
その人がなぜ、この服を色を選んだか、
というメッセージを感じるからだ。



これはあくまで私の仮説だけれど、

教師は、ネガティブ・ハイテンションの人が多い気がする。

(もちろん、人それぞれなので、あくまで傾向として)


役割上、仕事上どうしようもないが、

今の教室は監獄モデルと言われている。

数の少ない看守が、多くの囚人を見張る方法として。

生徒を見渡せる教壇と、教室の座席がある。


その教師となる人たちは、

エネルギー値が高く、

周囲にエネルギーをまき散らしていく。

良くも悪くも。


だから、ネガティブなものを、同世代や

外の社会での人間関係でも同様にまき散らしている気がするのだ。


教師は、感情表現が幼い、とずっと感じている。

いいことを言っているのに

その表現方法をとってしまったがために、

それから先に、誰も動かないのではないか?

という場面を何度も見た。



感情表現の稚拙さ

自らの欲望への幼さは、

外部の世界に向かって

ひらけない。

エネルギー循環のサーキット(回路)が閉じてしまう。

つまり、受け取る側・周囲の人間も

そこから圧や、暴力性・支配性を感じて

離れて行ってしまう・いい感情を抱かない。



それは、同時に己自身にもブーメランのように

帰ってくる。

そうなると、本人が、一番ツラくなる。



まず、ヒステリーを起こしたり、

駄々っ子のようにごねて、

それで、周りがあやして、対応して

さらに、それでわがままが加速して・・・という

サイクルに乗って、

教師という役割に

生活すべてを、

無意識レベルで浸食されて

人生・心身まで蝕まれていく人を見てきた。


それは、本人自身の人生、かかわる人たちすべて、

周囲、子供にまで波及していく

呪い、といってもいいものだ。


自分のグチと利益をこそ

まず主張し、そこに居ついてにぎりしめて

泣きわめいた方が勝ち、なんて

クレーマーの世界じゃないか。


それを、上の世代がやってきたからといって、

私は、同じことをやりたくはない。

もっと、他の感情表現の方法は選べるはずだし、

訓練しだいで、もっと他の

やり方は身につくはずだ。


お互いにゆずりあって、まあまあと中をとりながら

循環させて大人になっていくのが

あるべき、人と人の姿と関わり合いなのではないか?




************


最近、考えているのは、

分かっている人 と 分からない人。

の、むすびかた。

つなぎかた。

伝え方だ。




たとえば、私はスピリチュアル関係の話が好きだ。

蝶々さん、という作家さんの本が好きで

(最初はレンアイ方面について書いていたが、今はスピリチュアルと、生き方全般について語っている)

その読者仲間の子たちとは、

その話をするが、それ以外の知人とは

また、ついつい隠してしまう。



できるだけ、その方面に縁が無い人の前では

その話題と、ボキャブラリーの使い方に気を付ける。

スピリチュアルに近しい人たちと、そうではない人たち、

指す方向は同じでも

言葉への名付け方と、使い方が違うからだ。


分かる、と、分からない。は、

上下でも、えらい、えらくない。でもない。

そして、この世のシャバに出て

生きて働いていくということは

「分からない人」「通じない人」と

関わって、また関係をむすんでいく作業でもある。



わかっている人同士で話しているのは安心する。

翻訳作業の手間ヒマも省けるし、

一語を発すれば、それで千里まで走れる。

直感的に分かり合える。

こちらが誤解され、異なる価値観を投げつけられ、

裁かれ、見下され、傷つけられることもない。




わかっている人同士での連携は不可欠だ。

安心している場所での、

気持ちや意見を、書いたり話したり聞いてもらうことは

外に出ていくための基地になり原動力にもなる。


それでも、やはり



今、

わからない人。

つうじない人。

そこにむけて、アプローチしていきたい。

ひらいていきたい。


と思う。


だって、私も知らなくって

そして教えてもらった一人だからだ。





わからない人だったし

今でもたくさんわからないことがあるからこそ。


伝わらない人

わからない人へ


向かっていくには

ほんの少しの勇気

そして、技術。

その両輪だなあ、と感じている。


子供の時のように

うまれたてのような

まっさらの目で

この世を

他の人を

そして他ならぬ自分自身に

耳をすまし、

聴けるだろうか?








この頃、いつも

そうやって問いかけられている。

自分から。

















2014年4月2日水曜日

☆ 蝶々に羽化宣言 ☆


アゲハ蝶 ☆ ポルノグラフィティ





4月、始まり、新月にやろうと思って決めたこと。


ひらひらと飛び回る蝶々のように、
変容していく自分を受け入れて楽しみます♡



・部屋の掃除をします。これは、4月中に終わらせます。

・これから、一年間コーチング、占星術など、スピリチュアル・
カウンセリングの技術・ティーチング技術・速読など、分野を問わず、
ご縁があったものは、どんどん学んでいき、自分自身にまず役立て、
その後周囲の人に還元してエネルギーを循環させていきます。

・メイクや髪型、服装を一層垢ぬけます。
 プロに教えてもらいながらセンスを磨きます。

・毎日、5分でも手ぶらで散歩をして、気持ちをリセットする時間を持ちます。

・文章力を磨きます。自分の価値観と異なる他人に伝えていく文章を書きます。

・仕事で授業を改善します。自分の授業を録画して、同時に英語で
 すべてを進めていく授業を目指します。

・ネイティブレベルの英語力をつけるために、土日以外の通勤時間は英語を聴きます。

・恋愛関係において、自分の行動に、罪悪感を持たずに縛り過ぎず、
自然体でのびのびと関係を築きます。






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新月、願い事を ○○日までに○○をします。と具体的に願うといいそうです。

もちろん、新月ではなくても、思い立ったら

紙に実際にペンで書いてみると、願いは実現するとよく

言われてますよね。 私も、今まで延々と、願いを書きまくってきたノートが

山積みで部屋の中にあるのですが・・・

もーーー、いい加減、ノートに願い書いてばっかりじゃなくて・・・


現実に行動して、自分を変えて行きたい。

と、思うようになりました(笑)







あなたに逢えた それだけでよかった
世界に光が満ちた
夢で逢えるだけでよかったのに
愛されたいと 願ってしまった

世界が表情を変えた
世の果てでは 空と海が混じる

アゲハ蝶/ ポルノグラフィティ より