2014年3月7日金曜日

映画 「ウルフ・オブ・ウォールストリート」



http://www.wolfofwallstreet.jp/



見てきました。 R18+ 指定。(笑)

アメリカの金融の街、ウォールストリートで、1980年後半から1990年前半に、
株で、バカ稼ぎする会社作ったものの、刑務所に放り込まれた実在の人物の話。

映画通の知人達が、大絶賛いたので
こりゃ見に行かねばと、出陣。




*************

「名古屋キライなんです!」

というセリフを思い出してしまった。

映画後に。

忘れていたのに。


大学2~3年生のころ、

土日やヒマがあれば、留学セミナーや説明会ばかり出ていた時、

そこで知り合った女の子が私に言い放ったのだ。



なぜ、留学したいの?と話していた時に

私の目を見て、ものすごい怒った口調で。




海外に出る子は、日本で生きていけないという

悲しみやら怒りをどこかに持っている。


最近、パカーっと、何を見ても

何かを思い出す。

封印していた記憶が、刺激で、よみがえる。




そう、

見た後で、

腹の底から釜がグツグツと煮立ってた。

その名は「怒り」



あー私、
相当、周囲に合わせて、
日本で、
去勢してきてた。

欲しくないフリしてきた。
欲しくないのに、欲しいフリしてた。
いろんなものを。


というのが、わかっちゃった映画でした。

こわいねー

でも、だから楽しい。

グサリ深く魂心身に刺さる映画や作品に出合うのは。


*****************





欲望と欲望の狂気。
金とSEX、女とドラッグ。
久しぶりにf**kって単語を浴びるほど聞きました。

それが、アメリカならではのデカさと壊れ方で。



映画後に名古屋の地下街歩いてたら、
なんで日本人はこんなに全員チマチマしててちっさいんだ!

と勝手に腹が立ち。

アメリカ留学してから帰ってきて日本に帰った時の
異常なイライラと同じだった。
ま私も、そんなチマチマした日本人のひとりなのだけれど。

自分の枠を壊せない自分に
一番苛立っているのだ、私は
とも気づく。






ほぼ、すべてのセリフに、fワードが、
必ず三、四回は入ってるので、最後の方には音楽のように聴こえた(笑)

汚い言葉が映画館出ると、うつりそうになり。
さすが、R-18。



億単位の金を動かしているときに出るであろう、
脳内アドレナリンを視覚化したような映画だ。


私はそこまで、金に執着はないから、
あの狂乱にいたら、半日も持たない。


映画の中で、

新しい株上場の日に、営業のフロアで、
1人の営業マンが、金魚鉢の掃除してて、
即座に士気を下げると、叩き出されるのだが、

彼は街角にいたら、人のいい心根のやさしい者だ。


ありゃ、私が生きてる価値観ね。と納得。


昔、飛び込み営業の会社にいたとき、
2日間で、そこの社長とケンカして辞めたもんな。
そのときの、辞めた理由は、似たようなものだった。



今、

サブプライム、リーマンブラザーズの倒産で、世界的大不況、
3.11後、原発事故、

というこの時期、


そして、資本主義や、お金や学歴の価値での
No.1を目指すのを
やめた、というかどうでもいいじゃん?

って私にとっては、なんともかとも、
他人事のようで、他人事ではない映画であった。


クレイジーな集中力や周囲の見え方は、

脳内麻薬今出てる!
て瞬間もあるので、

はあ〜
なんかわかるわ。と。


私も、金についてではないけれど、

タガが外れて、
トチ狂ってる所は、あるからな。




BGMが、普通の映画だったら、
悲しいメロディを流すだろうシーンに、
アッパーな曲で調子狂わせたり。


大金を使う時の、スリルや、
ヒヤリとした気分を、
何千倍にも拡大して、
どーだよ?どーだよ?

怖いだろ?
ドキドキするだろ?
おもしろいだろ?

とグリグリグリグリ見せつけてきた。



主演のレオナルドディカプリオが、成り上がり金持ちから、
当局の手が迫って、どんどん気弱な、ダメ男になっていくのが
またすごい…

ディカプリオの演技という
エンターテイメント。




B級映画並みの、ガキみたいなやり取りがあって、
それが、いくつになってもふとした瞬間に噴出する、
男の欲望、の在り方だなーと。

小学生みたいに、ぎゃんきゃん悪口の応酬しながら、
悪だくみみたいに、
ゲームのように、
仕事を動かしていく。

思いっきりこき下ろしてても、なんやかんやで、
その相手と、またチームを組んで仕事をしていく。


オンナに対して、
娼婦やら、ストリッパーやら買いまくってるのだが、
嫁は別である。(笑)


逮捕前に、どんどん
ドラッグはやりすぎるは、
仲間割れは起こすは、
家族と不仲になるわ、
飛行機で大暴れするわ、

常軌を逸した行動ばっかり
して
ちょこちょこ逮捕され出すんだけれど、
これって、大きな事件を起こす人間て
こうだよなあ・・・とも。

映画全体を、一人の人間の体としてみるならば、
最後の決壊を越える絶不調に向けて、
あちこちで、体調不良の赤信号が
点滅しまくってるようだった。

頭痛
吐き気
発熱
めまい・・・

それが組み合わさって
最後に、どん!と
心臓停止。

のような・・・




ホリエモンも、
逮捕前のライブドア社長中は、
こういう狂乱の中に
いたんじゃないかなーと。

そして、最後のシーンで、
ジーンズに白シャツで、
更生した主人公が
ペンを売りつけるシーンを見て

ますます、彼がホリエモンに見えてしまったことよ。






映画を見終わっても、あちこちに想像や連想が
尽きずに広がっていく。
それが、必見、映画なんですね。


そして、まさに


kick ass!(ガツンとくる)
尻を蹴っ飛ばされた映画でした。

あの、映画の異常な熱とビートが体内に残っていて


私もなにか、おっ始めにゃ。













日本映画「小さいおうち」













名古屋シネマテーブル(映画を見て、語る会♪)
http://www.cinematable.net/




の課題映画だったので、前情報何もなく見てきました☆






ネタバレ注意。


映画を見ると
おのずと、自分の精神分析&状態分析
今いるレベルの、段階確認

・・・になっています。私の場合。



小説でも、その登場人物やストーリーの、
恋愛関係についての各人の、言及や感想を
語り合うと、
そのまま、その人の経験値を反映している・・・

と気づいた時の、恐ろしさと言ったら。


いやあ~そんなもの
ボロボロとみんな、よく表に無防備に出せるなあ。


なーんて昔、驚愕したっけ。






で。





青木華ちゃん、

蒼井優ちゃんの次世代女優さんですね♡

演技が、うまい!!!




松たか子が、憧れの完璧美人奥様の役を演じていたので、

彼女が女中だったから、

一歩引いた立ち位置でしたが。


生で、実際に会ったらものすごい色気があるだろうなーと。

調べたら、彼女は野田秀樹さんの、舞台のオーディションで選ばれて、

デビューしてるんですね。

うーむ、さすが。




家の中の女中さんが、

感情を押し殺して、押し殺して・・・

最晩年に、その感情を吐露するが、

もうすでに遅いのだ


というストーリー、

カズオイシグロの原作映画

「日の名残り」を思い出しました。





この映画で、

古いお屋敷にて仕える執事(アンソニー・ホプキンズ)が

恋心をずっと押し殺して押し殺して、

そして、最後には、好きな女性が別の人と結婚してしまう

それを告げられた時の、驚愕の表情・・


この映画を、大学1年生の英語の授業で

初めて見たとき(19歳やったけれど)

号泣しました。

いや~他の友達には恥ずかしくて、

声も出さずに泣いてたけれどね・・・


話戻して。



そして、


黒木華の手の演技がすばらしい!



両手の指を組み合わせたり、

くねくねするだけで、人って

かなり表情を出せるものなのですが・・・

(私も一対一で、誰かと話しているとき、

表情を付けたいときは、

かなり両手に語ってもらいます。)



彼女が映画の画面いっぱい、

上半身(胸元から上のショット)が映るとき、

はじめてお家に奉公する時の緊張感が、

両手を合わせたり、

胸元の割ぽう着がV字型になってるところを、

ひっぱったり、

もじもじしてて。

それが、全然くどくなーい。



松たか子の衣装、着物はめちゃくちゃにオシャレでしたね。
現代的。彼女が着ている着物、ほとんど全部、私も着たくなりました。
髪の毛も、ゆるゆるカーブヘア。
エンドロール見てたら、松たか子のみに、ヘアメイクさんがついてました。
そうだよね~っと納得。


家の中のシーンは、小津映画の影響かなー?

ってところがあちこち。
玄関でのシーン、

玄関に入ってから、観客が登場人物全員を
背後からみる視点になるシーンが多かったですね。

ついつい、私は映画ファッションチェックしてしまうのですが、

松たか子の不倫相手役・吉岡秀隆がかけていた丸メガネ似合ってました~
丸めがね、かけたくなりましたもん。

映画を語る会では、
吉岡秀隆が、なんで松たか子の演じる、重役奥様役の不倫相手なんだ!

年をとりすぎてる、
顔立ちが・・・
吉岡秀隆は、どんな映画に出ても、吉岡秀隆だ。

などなど。

やり玉に上がっていたのだけれど・・・・(笑)



いやー
正直、全然
違和感を感じなかった。私は。



なぜだ?

と内省してみた。





①もともと、作品を見る時は、私は、
批判的になるより全面受け入れることを
無意識にやってきている。


なんとなく、作り手の思いを汲んじゃうんですよね~私。

まあ、厳しいジャッジを求められる時はダメだろうけれど
まあ、そんなことは無いので、私の立場で。

一観客で気楽に、
お金払って、時間も費やしてるのだから
それに没頭しちゃった方が楽しい時間になるのでは、
という思いもある。


そして、他人の恋愛事情見ても、

「なぜ、あの人とあの人がつきあう!?」と
思うし、

なぜか恋愛相談多くされる私でさえ、

当人同士でしか分からないことのほうが
山のようにある。と痛感している。
男女の仲は全然、わからにゃいな。

と思ってるからかも。


なので、映画の中で、

彼は、彼女にとっては
救世主的な存在だったのでは?





②とりあえず、どんな男でも縁があったら
ちょっとは、受け入れてみれば?

というスタンスだから。私が。


そして、
おそらく、松たか子演じる彼女は
相当ダメンズ好きなんじゃないかなあ・・・という予想。

あの時代で、あんなにおっとりした育てられ方してたら
世間と相当ズレてるだろうし。

あと、吉岡秀隆が、美大生ということで、
ダンナや周囲の男性とは違う価値観
(右脳で生きている、物質至上主義じゃない)
というところで
惹かれたんじゃないかねー・・・とも、ね。



あと、吉岡秀隆演じる、板倉正治さん、
後年画家、イラストレーターになって
活躍したということだから、

松たか子演じる時子奥様とは、
美人と、
人としてのエネルギー値が

才能とで、

+-相殺されてて続いたんじゃないかなあ。



・・・時子奥様と
板倉ショージ君の不倫の恋について
延々援護してしまった・・・


あんまり、個人的に
山田洋次監督個人の精神分析やら
状況に持っていくのも好きでもないです。

なんだか、作品って
そんな個人的なカタルシスを求めて
作ってるのでもないだろうし。



なんというか、
松たか子と、黒木華さん以外は
まあ舞台背景ぐらいの感じに
留めた映画なのかもしれません。




にしても。



押し付けがましくない戦争映画、でしょうか。

静かな哀しみ、反骨精神、

現在の3.11や原発事故後の日本だからこそ。


こうやって、女性目線で戦時中のことを
語られると
ああ、今の日本と状況が似ている、と感じました。

今だって、楽しいことはたくさんある。

こんな世の中と言うけれど、
選んで、自分から手を伸ばしていけば
多くのキラキラとしたものが手に入る。


私もできるだけ
そこに照準を合わせている。
まずは、自分自身の心身魂が
しっかりと、きっちりと生きていることが
周囲に影響を与えていくから。



だけれど、
今だって、放射線は漏れていて、

日本全体なんだかキナくさい。

どんどん、仕事の現場でも
小さなチェックに命をかけるような
ことばかり増えてて、
どんどん
欲望が、去勢されてる気がする。





「生きにくい世の中になったもんだよ」

と、映画中で、作家の先生が
女中タキにぼやく。

不倫の恋をしていると、
不敬罪、姦通罪でしょっぴかれる恐れがあるからだ。


3.11後に、

飲み会や、楽しいことをやろうとすると「自粛ムード」が
ただよったのを思い出した。

何か、楽しそうだったり
幸せそうだったりすると
そこに、イチャモンをつける。

「今はそんなことやってる時じゃないんだよ!」

と。


私自身も、仕事で忙しいときにハッと気づいた。


「耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍び

そして、忍耐と我慢して努力することが、最も美しい。

そして人生とはそんなもんだ」

・・・と、無意識のうちに思い込んでいることを。


私の奥底にあるのは

まるで戦時中の価値観だ。


楽しいことはやっちゃいけない。なんて。

自分がワクワクすることを選ぶのに

罪悪感があったのね。

こりゃ、息苦しくなるはずだ、と

1人合点が言った。




冷静に考えてみれば
そんなことはない。

何かしたいことは、
今すぐに始めてみればいいのだ。

ちょこっとしたことから。



きっと、今後の日本は

ますます、そういうことが難しくなる側面もあるのだろう。

「世間」という空気の圧力に押されて。

4月からは増税で、

ますます「貯金」「節約」という

日本人が好きな言葉が飛ぶのが目に見える。

どんどん真綿で首を絞められるように

私は苦しい、と感じることも多い。



でも、その一方で、

そういう息苦しさを、打破したり

突き抜けたりする

存在なり光がまた、たくさん産まれるのだろう。

お金や、パワーの面から見たら

それは微々たる小さな力なのかもしれない。

私が好きな、本や、映画や、芸術は

直接的な行使はできない。

でも、それらしか、照らせない光と闇がある。




そういう存在に、

私もなっていこう。
















・・・長い感想だねえ。(笑)








2014年3月3日月曜日

映画「ニシノユキヒコの恋と冒険」





様々な女にモテてはフラれ、モテてはフラれていく男、
ニシノユキヒコ君の物語。







働く女性のための、精神的エステ映画。


ときめき保証☆




「映画に言って、竹野内豊の、イケメン祭りしてきたー!」という手紙を

友人からもらい、(笑)行ってきました☆

木曜日、レディースデー1000円☆



モテ男のサンプルを尽くし、

働く女性世代がキュンキュンする要素を集めてあって♪


まるで・・・ぬるま湯で半身浴

延々と入っていられるお風呂のような

きめこやまやかな映画でした。


女優っていい職業だなー

私も、ニシノユキヒコこと、竹野内豊と、

いちゃいちゃしたいぞ・・・・、

スクリーン上で、となってくる。


しかし、映画鑑賞中は、長回しのシーンが

退屈だったりツラクなってきて、

何度も腕を伸ばしたりストレッチしてしまった。



でも、リアルで

モテる男性がやる

俺様具合&ちょっと、動物的な感じ&

現実には絶対こーやらない!!


ってミックスの幻想量の塩梅がとてもよくて、

思い出すと、ほわ~んという気分になります。

来週も、もう一度見に行こうかしらん。



オンナとして、うるおいと、ときめきが足りない時に、

お肌のパックと、生花買って帰るのと

同じぐらいで、注入したくなるぞ、この映画。



女優陣も豪華で、

演技としても、新鮮です。



女性監督、女性の萌えポイント、とツボをよく押さえていらっしゃる・・

しかし、プロダクションノートや裏側見ると、

どうも、若手の女性監督、

ラブシーンの指示は、「ドS」ですね・・・


まあ、わかる気がする・・・

今までのラブシーンじゃないもんを作りたいんである。

それなら、とりあえず、役者がこれまで出したことのない

演技や表情を引き出すために、限界までギリギリ追い込むだろうしねえ。







そして、見終わって、
自分のこととしてみると。




「私が男だったら、この映画に出てくる

ニシノユキヒコみたいにモテまくって、さらっと死にたい。

そして多くの女性に語られたい・・

自分が関係を持った女性同士が

歓談してるようなゆるさがいい・・・」


と痛感。


最初から、現れる女性すべてに、

全面降伏してしまっている、ニシノユキヒコ。

もう、「負けるが勝ち」を、

体現している☆




そして。


・・・私、現実的に、

モテる男性に会うと、思うのは、


「男になって君のようにモテたい!」 なのだ。

年上の人だったら、

「私が、20代前半の男だったら、絶対に弟子入りして、女性の扱い方学んでます!」


と言ってしまう・・・



あるいは、どーも、私は今までの場合、

恋愛対象なり、

好きになる人に対して、

「その男の人そのものになりたい」願望が強いみたい。

その人は、どのように世界を見ているのか?

どうやって、他人と接しているのか?

という憑依理解型をしたいみたい。


(これを、レンアイと呼んでいいのかは、保留)


昔の彼氏も、足が細かったから、

「私もその足がほしい~!」と言っていたなあ・・・

(これまた、反応に困っていた・・・)


私なりに、最大限ホメているのだけれど、

相手にはビミョーな顔をされる。



・・・そりゃそうだ、私は一応、社会的にも生物学的にも、女だけど

自分の肉体と外見を忘れて、真正面からこう言ってるんですもんね・・・


気分は男性が男性に、恋するゲイの気分かも。



なぜだろう?

私は、モテる技術とか、

なぜ、この人はモテるのだろうか?

ということを、感情をできるだけ排除していって、

検証・研究して実践するの大好き。



どうも、尽きぬ、まだ見ぬ人への好奇心、

学ぶ意欲で動かされてる気がする・・・


今までの、自分の狭い体験の中だから、

まだこれからイロイロあるかもね♪




ま、それはさておき、

ニシノユキヒコの恋と冒険。

出てくる部屋の小物もかわいらしく、(トレンディードラマ調?)



子猫や、犬や、

動物も最高な脇役。


役者さんの、「演技」ではない、素の感情や感覚が見られて、

その演技仮面をひっぺがした監督の手腕に拍手。


現実的な男性だったら、

あるいは男性監督だったら、

絶対に入ってくる、生々しい描写が

さらりと避けられていて。

全く計算されていないようでいて、

なんとも分厚い計算と、細かい神経が行き届いた映画でした♪




私は原作を読まずに、この映画を先に見てしまったので、

原作読みたくないですね。(笑)

ここまで、空気感や風の流れまで写されてしまうと、

もう違う世界が構築されてしまっていて・・・☆



やっぱり、もう一度今週、見に行こうかな ♡























☆3月の 新月瞑想会☆

ブログの良さは、早さ。ということで、

荒い内容で書きなぐってます、読みにくさはご容赦くださいませ。

***************



「また大作生まれたね~」


と

to-koちゃんにお絵かきをホメられて、

気分は、幼稚園児が、幼稚園の先生に、ホメられてニコニコご機嫌さん☆

・・・ってすいません、30歳ですが。(笑)






今月の新月は、3月1日と、3月31日。

つまり、月始まりと、月終わりにはさまれた、2014年3月。

新月は、新しいことを始めるのによい日だそう。

まさに、4月前の特別な3月・・・♡

私の個人的な予定としても、この3月は大変化の予感♪

たくさんの学びと、遊びと、出会いと、

別れと。・・感情の起伏も

まだ今までが見たことのない、風景

(心象風景も、外的な風景も)を

次々に想像できないことが起こるのが楽しみでもあり。



月のリズムを意識して生活することは

人間の体のバイオリズムを意識することで、

宇宙のリズム、自分よりも大きなリズムで生きるヒントにも

なるようですよ☆



さて、今回も行ってきました、to-koちゃん主催の新月瞑想会。


お借りしているスタジオにて、


5分の瞑想 → お互い自己紹介 → 20分の瞑想 → 1時間のフリータイム

→参加者のシェア。


これが、ライブのセッション感覚で面白かったんです。


私の場合は、どこまで、でっかくぶっとべるか、

連想ゲーム♪

のような感覚です、瞑想。


起きながら見ている夢みたい。

以下、瞑想で浮かんだイメージを描いていきますが、

夢日記みたくなってます。。。



そして、この直感を通じてわかったことを

あとから検証していくと、

どれだけ、私、イロイロ知ってるんじゃ、すでに。

とびっくりするんです。

まさに、「体は全部知っている」by よしもとばなな の世界へ。




まず、ものごとには、直観とひらめきがある。

それをあとから証明していく。


数学者も、発明家も、優秀な研究者も


作家も、画家も

まず、わかっている、

それから、どうしてか、そのようにしか辿れない道筋を

たどっていく。

のだなあ・・・と。。。。










まず、最初の5分で浮かんだのは、他の参加者の方、sisiさんが偶然手に持っていた本

塩野七生の「ローマ人の物語」に連想したらしく、


古代ギリシャ、エンタシスの柱、オイディプス王(古代ギリシャ悲劇)、哲学、

ソクラテス、プラトン、青いギリシアの空・・・



そういえば、大学浪人時代、19歳ぐらいのころに

ギリシャ哲学を題材にした哲学対話を書いた才女、

池田晶子さんの本にハマっていたのを思い出す。



2001年哲学の旅 (哲学入門によいです、写真も絵も美しい!)





でもどり大学生時代、古代ギリシア語も第二外国語として習っていた。




一応、英語やラテン語の原点ということでかじっておこうと思ったのだが、

言語の習得は一にも二にも、「丁寧さ」と「根気」も求められる・・・

特に、大学で習うような座学中心の語学だと。
なので、苦労した。


今ではα(アルファー)β(ベータ―)ぐらいしか書けないが・・・



というように、

瞑想中は、バババと絵と言葉が瞬間的に紙芝居形式に出てくるというか。

どうも、私は情報の受信量が多い。。。

溜め込んでるのか、アウトプット量が、表現量がまだまだ少ないせいだろうか。


その後の、20分の瞑想でも、

呼吸に意識をあてる。


息を吸い込むときに、

頭頂部から光を吸い込み、

息を吐くときには、

頭頂部から、光を吐き出す、

というイメージでやっていたら、


浮かんできたのは、先日弾丸で行ってきた伊勢神宮。

あの外宮の外にある、「せんぐう館」の入り口に、

満天の星の元に、正殿が、空から太い光が降りてくる日本画がかかっているのを思い出す。


伊勢神宮か~

と、内宮の参道を、正殿の方からころころ、光がやってくる。

うーん・・・(ついに、私もこういう映像を見るようになってしまったのか・・・と内心ちょっと焦り)

仲良し?友達?楽しそう~??

って見てたら、内宮の正殿のあたりに、どでかい楕円形の光が。

あー母胎のご神体??

ふむふむ、伊勢の山々にぶっささってる光。




・・・・というあたりで、瞑想終了。


では、と目の前にある画材で検討。


うーん、オレンジの画用紙の色にひかれる、まずこれ。

それから、なんとなく好きなパステルカラーの、紫とピンク。


とりあえず、空からびかーっと光が降りてくる伊勢神宮の光から書く。

神おろし、と言って、


神様が天から降りてくるときの光

(まあ雲の間から太陽が漏れている様子)を連想してかきかき。


そのあとに、一枚の画用紙に、クレヨンを重ねる。





だんだん、色の境界線を溶かしてなくしていく。

ぐりぐり塗っていきながら、

「わたしって、こりゃ、いったいなにを描いてるんだい?」

と問いかけていたら、ふっと

浮かんだのは

「宇宙たまご!」


・・・ってなに?ww

おそらく、宇宙を内包してる、宇宙を生み出す卵なんです。


虹色で。いろんな色をしている。


(昔見た、荒井正二さんの絵本の影響があるとおもわれる・・・


と思って、今調べたら、そのまんま「うちゅうたまご」という

タイトルの絵本が出てきました。






すっかり忘れてたのに、どうやら深層意識は覚えていたらしい。。。。)

色と色の境界線を溶かしていくのが好き。

シャガールのように、

そう、私は異分野と異分野を、線でくっきり分けるというよりは

有機的に生き物のように、

溶け合って、影響し合って、

やわらかくお互い溶け合っている状態が好きだ。

生き方としても、書く文章も、

そして私自身の姿カタチとしても、そうだと言われる(笑)

周囲になんとなく、輪郭がとけているのだろう。



ついでに、ギリシャ文字のアルファー。ベータ―も書いてみる。

続きの、ガンマとか忘れちゃったな・・・と

横に、エンタシスの柱(パルテノン神殿ね)を


描いてみて、


気づく。

α β って、「アルファベット」の語源。

→私が、今英語を教えていることにもつながり。


そして、一番苦労したのはこの絵。

ギリシャで、いったい何を描けばいいんだ~と思いながら、

本の挿絵で見た、ギリシァの空の青さと、

地面の岩を思い出す。


その岩の上で、古代ギリシアの巫女は、

神がかり状態になって、神託を受けたという。

荒ぶる彼女は、とりつかれ、言葉を述べたことだろう。




・・・ということで、紙芝居形式で

(なんやかんや、物語形式に仕立てあげてしまうのが、職業病だろうか?)



①うちゅうたまごがありまして。











②そこから光が降りてきて、

伊勢神宮にやってきました。
















③そして、ギリシアにて、

岩と、青空の寺子屋教室☆


















この一連の流れ、

今、自分がまるっとやってることだね♪

と☆

(にしても、スケールデカイな・・・我ながら・・・)



スピリチュアルによく出てくる語句、

「天と地」で言うならば、


①が天、 ③が地だろう。

②が、まさに、天と地をつなぐ間の絵。




そして、グラウンディング、つまり人生現場で

この地面を足をふみしめて生きて、

いくのは、③の絵だろう。


私は、①の絵に一番時間をかけた。


そして、


③の絵が、一番最後まで書けなかった。

終わる時間ギリギリで、ようやくなんとか、

他の参加者の人に見せられる段階まで仕上げた。



・・・つまり、アタマの上のことを考えたり

するのは大好き。

そして、


グラウンディングが苦手ってことだなあ・・・

お金が入ってこないわけだ・・・



そのまんま、自分の癖が出てるなあ・・・と。


この世のどっかを見てなくって、

形而上のことやら、

アタマのなかで、抽象的なことや、宗教的なことを考えているのが大好き。

感情に浸ったり、

直感を感じるのは大好き。

だけれどそれに基づいて、この肉体を使って

生かしていく、カタチにして行動していくのは

大の苦手だし、遅れがち・・・

ギリギリになって行動しがち・・・


そんな自分の傾向まで、全部まるっと見えた、新月瞑想会でした。





それにしても、我ながら、

ちゃんと毎回、物語ができてくるのが、びっくりなんですね。






ちょっと、キレイにまとまりすぎている感もあるが・・・

私自身、言い切って、まとめるのが好きなのだけれど

どうも、未知数というか

あいまいに謎を残した方が、

物語なり、自分自身を語るときは

自由や余裕や遊びが出て、いいなあともわかってきたところです。



そんなこんなで、

また、終わってから地下鉄一駅分、

歩いて帰って

瞑想の熱を冷ましたのでした。






出たカード。瞑想会の初めに、
連想の足がかりとして、

終わった後にこれから、そして全体まるっとの
アドバイスとして。
(特に絶対でも盲信でもなく、アドバイスと参考意見の一つ程度で押さえてます。)


二枚とも、周囲が炎に囲まれていることから、

ファイヤー!と笑ってしまった。(笑)








・・・なんだか、自分の自慢話と

妄想話で終始しているような。。。

半人前の、中途半端なサイキックみたいな文章になってしまったわ・・

これ、面白いでしょうか?(と不安になってついつい書いてしまう。)

それにしても、・・・こういう文章って公益になるのかなあ・・?

我ながら謎です。(笑)






































2014年3月1日土曜日

サンリオキャラクターへの甘えと弱さと

キキララに最近ハマっています。
















サンリオ公式サイト(http://www.sanrio.co.jp/news/ts-kabegami-calendar201403/) より






幼稚園の頃に大好きだったのを思い出し、
100均で、よく売っているので
見つけては買ってます。


公式サイトで、
毎月フリーの壁紙もあるので、ダウンロード。
PCと、iphoneの壁紙にも一時期設定。


余談ですが。

私はPCの壁紙とiphoneの壁紙をとにかく頻繁に変えます。


なぜか自分でもよく分からないが、
洋服を着替える気分で、
ずっと固定してると
突如、気分転換したくなり。


あと、自分で変えたいことが山積みだったり、
大きな仕事、
重大な決断する時は
変えますね。

大体、引き寄せては溜め込む体質なので
(モノも人も、見えない気持ちも)

「捨てる」「手放す」「浄化する」「断ち切る」決断ばっかなんですが・・・


自分がしっくりくる画像を設定して、
その後で、

「ああ、この気分だったのね」と自分で納得しているような気分です。

で。

気づいたのは、

キキララのパステルカラーのせいか、この甘いロイヤルミルクティー調のせいなのか、

がつん!と勝負をかけるよう断ち切る、
決断をするときは、

キキララのPC壁紙やら、iphone壁紙では弱い。
なんか、足りない。
もっと、ガツンと来る濃い色彩や
自然の写真が欲しくなる。




だが、休みたいとき。
大きな仕事を終えたとき。

は、キキララの画像がしっくりくる。


ふーむ。


少し前まで、サンリオキャラクターが嫌いだったんですね。
小学校中学年から高学年ぐらいまでは
ギリギリ好きだった気がしますが
その後は、離れていったなあ・・・



なんというか、「かわいいでしょう!?」という完結した押し付けのようで

かわいがってる本人は楽しいだろうけれど
周囲から見てると
いい年した大人が、お人形遊び状態じゃないか?



なんて、イライラしてたのですが。

内なる小女性を育てたり
愛しみたくなるときに、
サンリオキャラクターがほしくなる、のかもしれない。



ころりと自分の趣向が短期で変わったので
あまり、今の好き嫌いに
絶対の価値を置くのも
賢くないかな。不自由だな。

とも。




キキララに対する自分の気持ちで
けっこう、わかることもあり。

日々のおみくじのように
眺めています。

キキララちゃん♪